蒼き花 散りて星 |
〜 星生まれの咏 〜
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かちゃりと、静かに開かれた扉の向こうから眩く暖かな陽の光が入り込み、長椅子で気持ち良さそうに眠っていた少女の頬をゆるやかに照らした。 彼女の綺麗な金色の髪が陽の光を含んでほのかにきらめきながら、さらさらと風に舞う。 「う……ん……」 少女は眩しげに寝返りを打った。 ゆったりとした歩調でその部屋に入って来た青年……ユライアは、羽織っていた上着をそっと少女に掛けながら、僅かな笑みを口許に刻んだ。 夜になる少し前の、薄藍の空を彷彿させる藍紫の瞳が優しく少女を映し出し、そっと細められる。 「赤ん坊みたいな寝顔だな」 くすりと笑い、青年は少女の髪を優しく撫でた。 髪に触れた優しい気配に、気持ちよさそうに眠っていた少女の瞳がゆうるりと開かれた。空の蒼を切り取ったような、柔らかな瞳がユライアの姿を認めて微かに笑う。 彼女にとって、ユライアはそういう存在だった。 「おはよう、アスレイン」 「……おはよう。ユライア」 うたた寝をしていたことが気恥ずかしいというように、アスレインは小さな声で青年に挨拶をする。 けれどもふと、自分に掛けられている大きな上着に気が付くと、アスレインはぶかぶかなそれを軽く胸の前で重ね合わせるように着て、いたずらっぽく笑ってみせた。 衣服に微かに残るユライアの、草原のような柔らかな匂いに包まれるのがとても心地好かった。 ユライアは子供のように笑う少女を楽しそうに眺めながら、その隣に腰をおろす。 「珍しいね。君がこんな所で居眠りをするなんて」 「だって、ユライアがいなかったから暇だったんだもの」 アスレインはちょっと拗ねたように青年を睨んでみせた。 朝、目が覚めた時にユライアの姿がどこにも見当たらなかったので、アスレインは朝食も食べずに居間で彼の帰りを待っていたのだ。 あまりにポカポカした陽気だったので、気持ちよくて再び眠ってしまったけれど……。 そんな少女の応えに、ユライアは楽しげな笑みを浮かべた。瞳と同じ薄藍色の髪を邪魔くさそうにかきあげながら、窓の外に視線を向ける。 「この先の丘に、花を探しに行っていたんだ。昨夜は月が綺麗だったからね」 とても嬉しそうなユライアの表情に、アスレインはもっと拗ねたような表情になった。 「また アスレインは決め付けるような口調で、青年に言葉を投げつける。 咲夜蒼花と呼ばれるその花は、深淵の闇が支配する空が稀に光を宿す夜 ―― 最も その種子はこの夜空の下で深い眠りに付いたまま、誰か花開かせる者の訪れを静かに待っているのだとも言われている。 しかし、人世を創り賜うた神聖五伯の中でただ一人、この地に残り人々を導いている水伯でさえ、その種子がどこに眠るのか知らないと言っている花なのだ。 本当はそんな花自体、存在しないのかもしれない。 その花を、ユライアは咲かせたいと常々言っていたのである。 「アスレイン見てごらん。月光が差し込んでいた木の根本で、これを見つけたんだ」 ユライアは淡い微笑を頬に刻むと、浅葱の腰帯に提げた小さな包みを、大切そうに手のひらに載せ、そっと開いてみせる。 その中には、珠玉のような光沢を持つ小さな石が幾つか入っていた。 「……ただの石じゃないの?」 アスレインは不思議そうに首を傾げた。どう見ても、花の種には見えない。 「種だよ。生命の息吹が感じられるからね」 ユライアはその石に軽く口づけをすると、くすりと笑った。 「植えればきっと芽が出る」 ―― 時々ユライアは不思議だ。そうアスレインは思った。 彼が口づけしたその石は、今までよりも、ほのかに暖かな生命力を感じるようになった。ただの石に見えていたそれが、本当に花の種であるような気がしてくる。 穏やかだが強い、ユライアの心を反映しているかのように。けれども ―― 。 「嘘よ。そんなの咲くはずがないもの。もし咲いたとしても何でもない普通の花よ。咲夜蒼花なんて、初めから無いんだから」 アスレインは、ユライアの言葉に傾きかけた心を再び立て直し、わざと冷めた口調でそう言った。 彼女には、目に見えぬものはすべて否定してしまう。そんな所があった。 「もしそうだとしても、これが咲夜蒼花の種だと夢を見ながら育んでいくことは、決して無意味なことではないと思うよ」 ユライアは目を細めるうようにやんわりと笑んで、少女に向き直る。 何故この少女が目に見えぬもの……夢を否定するようになったのか、ユライアは知っていた。 その『夢』という不確かなものせいで、彼女は両親を失ったのだ。 当時アスレインは、まだ十四歳の子供だった。両親を奪った『夢』を否定することで、彼女は大切な者を失った痛みを忘れようと必死だったのである。 それは、十七歳になった今も……変わらない。 「……夢なんて、くだらないわ。見続けていられれば幸せかもしれない。だけど、それは無理だわ。夢を見ることが出来なくなった時、残っているのは大きな絶望だけでしょう? そんなリスクをおってまで、夢なんか見る価値はないじゃない」 言うと、真っ直ぐ自分を映すユライアの瞳から逃れるように、アスレインはそっぽを向いた。 「花は、咲くよ」 ユライアは穏やかな笑顔でそう言うと、アスレインのやわらかな金色の髪をくしゃくしゃとかきまわす。 そしてゆっくり長椅子から立ち上がると、棚の中からパンの入った籠を取った。 「アスレイン、今日は外で朝食を取ろうか。天気も良いし、近くの湖まで足を伸ばすのもいいかもしれない」 「…………」 アスレインは拗ねたような表情のまま、その蒼い瞳だけをユライアに向けた。 ユライアが優しく笑っているのを見て、思わずアスレインにも笑顔が戻る。彼の笑顔が何でこんなにも安心するのか。アスレインは自分でも不思議だった。 ユライアは他の人とは違う。穏やかな穏やかな空気を、彼自身がまとっているような気がする。まるで『自然』の中にいるような、そんな優しい安心感があるのだ。 初めて会った時からそうだった。 ユライアは、この町の人間ではなかった。両親を失い、独りぼっちになってしまったアスレインの前に、ひょっこりと彼は現れたのである。 ふらりとこの町を訪れただけの旅人。まったくの他人に過ぎない彼と、こうして一緒に暮らすようになったのは、その薄藍の瞳があまりに優しかったからだ ―― 。 「……湖じゃなくて草原がいいな。今ならきっと、マティスおじさんに山羊のミルクがもらえるよ」 「いいね」 にっこりとユライアは笑った。 「ではお嬢様、参りましょうか」 瞳に楽しげな色を浮かべ、恭しくアスレインに右手を差し出してくる。 アスレインは、くすくすと笑いながらその手をとった。 |
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