月に沈む闇
第三章 『微睡む月の影』
  


第二話

 クォーレスは白く伸びた長髪を振り乱すように、背後の扉を振り返った。
 大きな扉の向こうからは、予想通りに緋色の軍装を身にまとった男が入って来ていた。身の丈ほどの大剣を左肩に担ぐように、ゆっくりとした足取りで自分の席へと向かう。その緋炎の騎士の普段と変わらぬ飄々とした様子に、クォーレスは無性に腹が立った。
「緋炎っ!」
 円卓を強く叩くように立ち上がり、掴み掛からんばかりの勢いでクォーレスは入って来た青年の前へと飛び込もうとする。その、今にも暴走しそうな雰囲気の同僚に、紫炎は慌てて制止の声を上げた。
 席さえ近ければその肩を掴んで止めていたところだが、あいにく円卓を挟んでおり届く位置ではなかった。
「白炎、落ち着きなさい! まずは話を聞くことです」
 話も聞かないうちから喧嘩腰でどうするのだと、その紫の瞳が強くクォーレスを制するように煌く。その鋭く響いた紫炎の声が、クォーレスの激した感情を僅かに引き止めたようだった。
 今にも飛び込もうとしていた足を止め、白炎はくるりと紫炎を振り返る。いつでも冷静そうに見える紫炎の整った表情の中に、どこか自分を気遣うような気色を感じて、クォーレスはちっと鋭く舌を打った。
「……わかってるって。お節介」
 悪態をつくようにそう言い捨てると、白炎は深い溜息をついた。
「 ―― どうした? 穏やかではないな」
 そんな二人の様子を見ながら、緋炎はふっと琥珀の瞳にわずかな笑みを宿す。どうやら自分がいない間に何かあったらしいとは思ったが、紫炎がやたらと白炎の騎士を心配そうに見ているのが可笑しかった。
「穏やかじゃないのは俺じゃない。現実のほうだっ!」
 訳の分からない反論を口にすると、白炎はつかつかと軍靴をならして緋炎の騎士ルーヴェスタの前に立つ。自分よりも頭ひとつ背の高い緋炎を僅かに仰ぎ、じっと睨み据えるその銀灰の瞳は鋭く激しかったが、その奥底には真実を知ることへの怖れが僅かに揺らめいているようにも見えた。
「おまえに、訊きたいことがある」
 自分の中に生まれた怖れを断ち切るように、クォーレスはその瞳に鋭い刃を載せる。白刃にも似た眼差しを向けられて、緋炎は笑んでいた表情を改め真摯にその目を見返した。
 彼のその眼差しの中に、今は亡きゼア=カリムへの思慕と、どうしようもない苛立ちと不安。それらを見出して、クォーレスが自分に何を言いたいのか緋炎は悟った。
 しかし ―― それをいま、先に白炎の口から出させるわけにはいかなかった。可哀相だとは思ったが、緋炎はゆっくりと漆黒の髪を揺らすように首を振る。
「おまえの話は、あとで聞こう。いまは会議が先だ。もうじき陛下が彩宮にいらっしゃるのでな。その前に、片付けておきたい議題がある」
 非情にも聞こえる冷静さで緋炎はそう白炎に告げた。そうして軽くなだめるように同僚の肩を叩き、再び自分の席へと歩みを進める。その琥珀の双眸には、有無を言わせぬ強い力があった。
「 ―― おいっ!」
 そんな拒否の言葉は無視して自分の問いを投げつけてやろうかとも思ったが、それさえも許さぬ空気をルーヴェスタはまとっていた。
「……緋炎、ほんの少しの時間もありませんか?」
 助け舟を出すように、紫炎は穏やかに五騎士の主座を務める青年を見やる。さっきまで、白炎は必死で怒りと不安を抑えながら彼が戻るのを待っていたのだ。これ以上待たせるのは酷だと思った。
「炎彩五騎士である以上、私情よりも公務を優先させるべきだ」
 妥協を許さぬ口調で、緋炎はきっぱりと言い捨てた。その琥珀の双眸は容赦なく強い眼光を放ち、じっと紫炎と白炎を見据えている。こういう時の緋炎の騎士には逆らい難い雰囲気があった。
 もちろん緋炎のことが怖いわけではない。ただ……ルーヴェスタのもつ独特な雰囲気に呑まれてしまうのだ。それに呑まれずに真っ向から対応できるのは橙炎くらいのものだった。
「……白炎」
 ラディカは軽く溜息をつくと、もう少しだけ我慢しましょうとばかりに白炎に視線を向けた。
「くそっ……」
 白炎は唇を噛み締めるように吐き捨てると、しぶしぶ己の席へとその身を戻した。
 もしこの場に橙炎がいれば、のらりくらりと言葉を玩びながらも自分に話をさせてくれたに違いない。そうクォーレスは思う。あの男はそういう男なのだ。しかし、いつも人をからかって楽しんでいるくせに、こういう肝心な時に居ないなど役立たずもいいトコだ ―― そんなミレザにとっては言い掛かりにも近い文句を内心で吐きながら、白炎はどかっと椅子に腰を下ろす。
「それでっ、その議題ってやつはなんなんだよ。さっさとやろうぜ」
 苛立たしげに円卓を指で叩きながら、白炎は急かすように緋炎を見やる。これ以上の長い時間を引き伸ばされるのは御免だった。
 ルーヴェスタは小さく頷くと、鋭く締まった琥珀の眼差しを二人の同僚へと向けた。
「わかった。では手短に言おう。現在カスティナに赴いている碧焔がリュバサを攻撃し、半日でこれを落とすことに成功した」
「半日……で? 思った以上にやりますね、彼は……」
 思わず感心したように呟くラディカの視線の先で、白炎の身体がびくりと硬直するように揺れる。
 まるで敵を威嚇する山猫のように、半ば警戒の色を浮かべた銀灰の瞳が緋炎の騎士を睨むように、強く煌いて見えた。
 その白炎の眼差しを受け止めるように僅かに琥珀の双眸を細めると、緋炎はそこに強い意志を宿し、ゆっくりと言葉を継いでゆく。
「陛下はこの功を以って ―― ユーシスレイア=カーデュを正式に炎彩五騎士の碧焔としてお認めになり、蒼昊の宮をその居館として下賜されることを決められた。明日の朝、ラーカディアスト内外にその旨が告知される。……ユーシスレイア=カーデュと言えば、知っての通りカスティナ将だった男だからな。兵たちの中には動揺する者が現れよう。それをどう我らで収めていくか、検討したい」
「 ―― !?」
 あまりに無情に告げられた緋炎の言葉に、思わず紫炎ラディカは絶句した。そうして向かいに座る白炎の様子を見やる。先程のように怒りを爆発させるかと思った白炎は、じっと下を向いたままだった。
 けれども ―― 円卓の上で握り締められたその両の手はひどく震えていた。込み上げてくるものが大きすぎて、自分自身どう対処して良いのか分からないように、白炎は震える両拳を己の額に押し当てる。
「それを……それを俺に言うのか、緋炎っ!」
 血を吐くような、絞りだすような声だった。紫炎が想像していたような、爆発するような、暴走するような怒りの発露ではない。その静かに溢れ出る感情の波が、余計にクォーレスの怒りと苦しみを表しているようで、見ている方の胸が痛くなった。
「……ああ、そうだ。陛下が彼を碧焔と認めた。その碧焔を、私怨で害することは許されぬ」
 静かに、緋炎はそう告げる。その琥珀の眼差しはどこか痛ましげな彩を浮かべつつも、強い意志はそのまま白炎の耳朶を打った。
「緋炎……」
 先ほどルーヴェスタが白炎の問いを許さなかった理由が、ようやく紫炎にもわかった。ユーシスレイアが碧焔の騎士だという事実に対して、クォーレスに先に言質を取らせないためだったのだ。
 ユーシスレイアは『碧焔の騎士』として叙任されてはいたが、それはまだ形式上のことだった。皇帝は何の功もなしに完全なる地位を与えたりはしない。
 だからこそ、リュバサ攻略の功を以って名実共に五騎士のひとりとして彼が皇帝エルレアから認められたのだということを、クォーレスに先に宣言することが緋炎にとっては重要だったのだ。
 その正しさは紫炎にも分かる。分かったけれど ―― あまりに白炎が哀れだと思った。
「おまえは……知ってて推挙したのか……?」
 暗い刃を秘めた瞳を緋炎の騎士に向けて、クォーレスは絞りだすように問い掛ける。
「無論。戦ではゼア=カリムを敗死させ、闘いにおいては負傷した身で私と互角に渡りあった。その技量と胆力は得がたい人材だと思ったのでな」
 淡々と、緋炎の騎士はそう口にした。敢えてゼア=カリムの名を出すことを、彼は選択していた。
「緋炎、何もそこまで……」
 ラディカは思わず口を挟む。それではまるで、白炎を追い詰めているようなものだと思った。ゼア=カリムは実力でユーシスレイアに敗れて死んだのだ。そう、念を押しているようにも聞こえる。
 案の定、白炎はぎりっと強く唇を噛み締め、椅子を蹴るように立ち上がった。手負いの獣のようなその目が、射るように緋炎の顔を睨みつける。固く握り締められたその両拳は、蒼白く変色して震えていた。
「 ―― ひとあし遅かったかな……」
 不意に、扉の開く音と同時に音楽的な声が部屋の中に流れ込んできた。
 部屋に漲っていた緊張と怒気を振り払うようなその穏やかな声に、ゆっくりと人々の視線が巡る。
「これでも、急いで戻ってきたんだけれどね」
 苦笑するように、橙炎の騎士ミレザ=ロード=マセルが立っていた。その美しい目許は珍しく真顔で、一触即発の雰囲気に包まれた部屋の様子を見やっている。
「橙炎……戻ってくれましたか」
 思わず安堵の息を、紫炎は吐きだした。こういう状況をまとめるのは得手ではないとラディカは自分自身で知っていた。逆にこの橙炎の騎士という人間は、人格的に大いなる欠点は持っているものの基本的に人との交流を好んでおり、こういう場をまとめるのは五騎士の中では最も得意なのではないかと思われた。
「おやおや。紫炎は胃が痛そうだね」
 にっこりと人をからかうことを忘れないあたりは、ミレザはやはりミレザなのだが。
「シロ、顔色が悪いな。少し外の風に当たってくるといい。今は良い風が吹いているから気持ち良いと思うよ」
 深い翠の瞳をやんわりと細めて白炎の騎士に歩み寄ると、その背を扉の方へと軽く押す。
 あまりにこの場にそぐわない無駄に爽やかなその橙炎の態度に、思わず白炎は毒気を抜かれたように肩を落とした。公爵家の跡取りであるこのミレザの、虫も殺せないような優しげな天使の美貌には相手の殺気さえも削がせる効果があるのかもしれない。
 白炎の心の底から燻る強い怒りと嘆きを無くすことなど出来るわけもなかったが、先程のような破壊的に燃え上がる溶岩の怒りは不思議なことに下火となっていた。
 それでもいちど歯噛みをするようにミレザを見やり、そうしてきつく眉根を寄せる。その目が、ぎりっと鋭く緋炎へと流れた。
「……俺は……俺は、絶対に認めないからなっ!」
 緋炎の騎士を睨みつけるようにそう叫ぶと、クォーレスは橙炎を押し退けるように部屋の中から足音荒く出て行った。そのうしろ姿を心配そうに見やっていた紫炎に、ミレザはにっこりと微笑みを向ける。
「紫炎も気分転換に行っておいで。そんな気を揉んでばかりじゃ胃が壊れるよ」
 暗に様子を見て来いと言っているのだとは分かったが、その言い草があんまりで、ラディカは思わず眉をしかめた。
「橙炎、言っておきますが僕の胃はそんなに軟弱ではありませんが」
「ふうん? ああ、そう。……まあ、それでも行っておいで。マリルがカミツレのお茶を淹れてくれるはずだからね。滅多にないことだよ」
 くすりと翠の瞳をきらめかせて、橙炎は形の良い唇を吊り上げる。早く行けと、そう言っているようだった。
「……分かりましたよ」
 何を反論しても効果のないことを悟って溜息をつくと、紫炎は白炎のあとを追うように部屋を出る。ミレザにいわれなくとも、白炎のことは心配だったので行くつもりではあったのだ。そのことに否やはない。
 しかし、五騎士の立場に上下はないとは言いつつも、やはりその"存在の格"には差があるのだと、こういうときに思い知らされる。そんな自分がいささか情けなく、紫炎はもう一度溜息をついた。


「それで、二人を追いだして何の話をするんだ、橙炎?」
 琥珀の瞳に苦笑を浮かべて、緋炎は綺麗な紅茶色の髪をした青年を見やる。貴公子然とした橙炎のその表情からは、一切の真意は読み取れない。長年の付き合いでもあるので、それなりには相手の考えていることは分かるが、それがすべてではないのはお互い様だった。
「いや、緋炎らしいなと思ってね。あそこでゼアの名前を出すなんて」
 ゆったりと窓際の自分の席へと移動しながら、ミレザはそう応える。
 あの場で彼がゼア=カリムの名を出したのは、白炎の騎士を信頼すればこそだろう。白炎ならば、その痛みを乗り越えられると信じての発言。緋炎が、白炎の精神的成長を望んでいることは知っていた。
「聞こえていたか」
「地獄耳なものでね」
 くすりと、ミレザは笑う。その深い翠の眼差しが微妙な眼光を宿して緋炎を見据えた。
「確かに今がシロの正念場だとは思うけど少し性急だったんじゃないかな緋炎。あの子にとっては、ゼアは家族同然だったわけだからねぇ」
「……性急だったのは認めよう。だが橙炎、今はあまり内輪揉めをしている余裕はないであろうが? あの子にはもうひとつ知らなければならないことがあるのでな。それを考えると、早い段階でこの事は乗り越えてもらわねば困るのだよ」
 緋炎は僅かに口許を歪めるようにそう応えた。
「もうひとつ? なんのことだい?」
 凛と深い翠の瞳を煌かせて、じっと問い質すように見つめてくるその眼差しは強い。ルーヴェスタは頬に苦い笑みを刻んだ。
「碧焔 ―― ユーシスレイアの母親を殺したのは、白炎だ」
「まさか!? 有り得ないだろう」
 意外過ぎる言葉に、思わずミレザは目を見張る。炎彩五騎士は戦に無関係な女子供には決して手を出さない。もちろん歯向かってくれば別だが、それでもある程度の手加減をして殺しはなしない。人並み外れた強さを持つからこそ出来ることではあるが、それは暗黙の了解と言ってもいい。
 けれども ―― 確かにそれが事実ならば、碧焔の騎士が白炎に対する時の奇妙な態度の硬化も納得できる。
「もちろん白炎が狙ったのは彼女ではなく"カスティナの将軍"だったのだろうがな。 ―― 白炎は目に見えないほど遠く離れた獲物も外さぬ技量を持ってはいるが、標的を庇う者が居れば話は変わる。ユールの話によれば、母親が彼を庇ったのだそうだ。普通なら有り得ない事だが……白炎が普段から使っている矢に貫かれた女性の遺体をあのとき私も見ているからな。間違いはなかろう」
 自分の屋敷で怪我の治療を受けていたユーシスレイアがぽつりぽつりと語った内容を思い出し、緋炎は深い溜息をついた。いわば、碧焔と白炎は互いに『家族』を殺した仇敵同士なのだ。
「……まったく。緋炎もやっかない人間を推薦したものだね」
 呆れたように橙炎は肩をすくめてみせた。いくら有意な人材でも、いささか問題がありすぎだ。だからといって今更それを撤回することなどは出来ないが。
「でもまあ、それを乗り越えられなければ、五騎士としてのあの子は終わりだろうけれどね」
 それを特に憂いているような色はなく、淡々とミレザはそう断ずる。そうして椅子の背もたれにゆったりと身体を預けると、大きく伸びをするように、どこか楽しそうな笑みを浮かべて緋炎を見やった。
「それにしても ―― 珍しいじゃないか。緋炎が誰かを愛称で呼ぶなんて」
 先ほど緋炎の騎士はユーシスレイアのことを『ユール』と呼んでいた。五騎士の主座であるこの青年が誰かを愛称で呼ぶのを、ミレザはこれまで聞いたことがなかった。
「……ふん。あの男の正体を隠していた手前、屋敷でもユーシスレイアと呼ぶわけにはいかなかったのでな。それでユールと呼ぶのに慣れてしまっただけだ」
「へえぇ」
 僅かに眉を上げるように言ったルーヴェスタに、思わずミレザは可笑しげにそう応える。この緋炎の騎士が弁明じみたことを言うのを聞くのも初めてのことだった。
「別に、悪いとは言ってないんだけどね」
 くすくすと笑いながら、ミレザはどこか決まり悪げな緋炎の騎士を見やる。どうやらユーシスレイアという男は、この緋炎に『友』と認められるだけのものは持っているのだろう。まだ自分はそれほど深く付き合っていないので分からないが、付きあってみれば案外面白い人材なのかもしれない。
 そう考えると、ミレザはまた楽しくなった。
「ところで、最初の問いには答えてもらっていないのだがな、橙炎?」
 ふと、緋炎は琥珀の眼差しを眇めるように橙炎の騎士の顔を見やった。
 紫炎と白炎の二人をこの部屋から出したのは、何も白炎の話をする為だけではないということはルーヴェスタには分かっていた。ましてやこんな話をするためでもないだろう。
 その答えを促すように、強い眼光がミレザの顔を射る。
「ああ、そうだったね。忘れるところだったよ」
 悪びれた様子もなく、ミレザは穏やかな笑みを宿して肩をすくめて見せた。
「 ―― やはり、魔族が二分してきているようだよ」
 説明も何もあったものではない。ただ、ひとこと。橙炎の騎士はあっさりと口に出してみせる。それを聞いた緋炎の方も僅かに眉を上げただけで、さして大きな反応はなかった。
「大物が、目覚めでもしたか」
「たぶんね。カレンの方が詳しいことは知っていると思うけど、様子はどうなんだい?」
「変わりない。まあ、あの男がそうそう我らに真意をみせるとも思えんがな」
 先ほど皇宮に呼ばれた際に皇帝の背後に付き従うカレンとも会ったが、普段と変わった様子は見られなかった。だからといって何もないとは言い切れないというところだ。
「ふふ……分かっているのはカレンが陛下を裏切ることはない、ということくらいかな」
 ミレザは軽く肩をすくめるように、おどけた表情をしてみせる。緋炎は面白くもなさそうに、ただ頷いた。
「まあ、そうであろうな。生粋の冥貴人は情が深いというからな」
 魔族の中で最も力が強いとされる種族。その魔貴族たちの情の深さが、かつての魔界が封じられる遠因ともなったのだということを知る者は少ない。
「情の深さだけで言えば、シロも冥貴人と変わらないくらいだと思うけどね」
 ゼア=カリムが死んでからもう二年も経ったというのに、いまだに強く固執している白炎の騎士を思い、ミレザはくすりと笑う。
「それでは困るのだがな」
 漆黒の髪を両手でうしろに撫でつけるように天井を仰ぎ、緋炎は僅かに苦笑した。
 情が深いことはもちろん悪いことではない。ただ、それに引き摺られて私怨に走ることは、今の状況では白炎には許されないことだった。
「シロが今後も炎彩五騎士としてやっていけるか、否か ―― 別にどちらに転んでも構わないけれど、あの子はからかうと楽しいからね。その点では残って欲しいかな」
 そう微笑むミレザの深い翠の瞳には、どこか不思議な彩が浮かんでいた。
「ふん。あれに対して甘いんだか冷たいんだか、本当に分からん奴だな、おまえは。……まあ、これからの計画を押し進めるためには、白炎が乗り越えてくれることを、私も期待したいのだがな」
 緋炎はそう言うと、ふと窓の外へと琥珀の視線を流す。
 彼らが居る彩宮の建物からは少し離れた庭園の木陰に、紫炎と共に佇む白炎の姿が見えた。


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2006.11.17 up