Misty Night


第二夜 『聖夜の雪』 前 編



 ぶるぶるっと、リュカは小さな身体を震わせた。
 暖かな毛布にくるまれて眠っていたはずだったのに、今はそれもぐちゃぐちゃにまるまって無残に床に落ちていた。
 自分の身体も柔らかで真っ白な毛並みに包まれてはいるけれど、やはり毛布がないのではかなり寒い。
 ひょいと横を見ると、見慣れた青年の漆黒の髪が、こちらはきちんと毛布に包まれて眠っているのが見えた。
 昨夜、あまりにも寒かったので一緒のベッドで寝かしてくれと頼んだのに、青年はにべもなく拒絶し、リュカにはいつもの籐でできた吊り籠を指し示したのだった。
 なんとなくムッとして、リュカは籠から飛び降りた。たたたっと青年の枕もとに駆け寄り、とびっきり大きな声を出してやる。
「レイ、おーーーーーきーーーーーろーーーーっ!!」
「…………」
 その小さな身体のどこから出すのかという大きな声に、眠っていた青年の深紅の瞳がうっすらと開かれた。けれども、いかにもまだ眠たそうな表情だ。
 寝ぼけ眼でリュカを見やると、レイフォードは無言のまま小さな聖獣をつまみ上げ、ぽいっとそれを宙に放り投げる。無造作に投げたように見えるのに、リュカはうまい具合に籐で出来た籠の中に落下した。
「むーっ!!」
 自分をまるで物のように扱うレイフォードに抗議するように、リュカは頬をめいいっぱいふくらませた。再び籠から飛び降りて、こんどは青年の顔の上に乗ってばたばたと暴れてやった。
「朝だよっ、レイっ!! 起きろーーっ!!」
「……あのなぁ。俺はヴァンパイアだぞ。なんで、朝に起きなきゃならないんだ」
 むくりと起き上がりながら、レイフォードは傍若無人な聖獣を睨みつける。
「だってレイ、太陽の光は嫌いじゃないだろお」
 それに臆したふうもなく、リュカは楽しそうに笑った。
 ヴァンパイアは日光にあたると灰になってしまうと一般には言われている。けれどもこのレイフォードに限っては、その通説は通用しないようだった。
 何せこのヴァンパイアは棺でなんか眠らないし、雨戸さえも閉めずに窓際のベッドで平気で眠る。そして非常識なことに昼間でも散歩に出かけたり、果ては『日向ぼっこ』と称して庭で昼寝を楽しむこともあったのだから。
 彼の生活はすべてが他のヴァンパイアたちとは異なっていた。どちらかといえば人間に近い生活を、レイフォードは好んでしているように見える。
 だからこそ、聖獣である自分が闇に棲息するはずのヴァンパイアと一緒に生活していても、苦にはならないのだろう。
「嫌いじゃないが、今は眠い。自分が暇だからって俺を起こすな」
 レイフォードはそう言いながらも、既にはっきりと覚醒した表情になっていた。あれだけ顔の上で暴れられれば、どんなに寝起きの悪い者でも目覚めないはずがない。
「あー。レイ、ちゃんと起きたねぇ」
 寝起きのレイフォードはどこか幼い子供のように見えることがあって、その表情がリュカは好きだった。けれど一度覚醒してしまうと、すぐに普段の悠然とした青年に戻ってしまう。
 起こしたのは自分だけれども、今日はあまり寝起きの表情が見られなくて残念だったな。そうリュカは思った。
「ふ…ん。寒いと思ったら、雪か……」
 ふと窓の外を見やり、レイフォードは呟いた。
 大きな木枠の窓の外には、ふわりふわりと純白の花びらのような雪が静かに舞っていた。夜半から降りだしたのだろう。窓の外に見える景色たちは、うっすらと白い砂糖菓子のように彩られていた。
「本当だー!! 雪だ雪だ。ふわふわで、おいしそうだねぇ」
 それまで気がつかなかったのか、リュカは雪を見たとたんにはしゃぎ出した。もう寒さなどはどこかへ吹き飛んでしまったように、窓を開け放って小さな手を天に向かって伸べている。
 レイフォードは呆れたように、しかしどこか楽しげに溜息をついた。
 いちおうこの小さな生き物は、神に愛でられた獣。聖獣と言われる動物なのだ。その聖獣が雪を見て最初に発した言葉が『おいしそう』だというのは、なんだか可笑しかった。
「いちおう教えておくが、リュカ。今日は聖誕祭だぞ」
 この国で崇められている神が生まれた日。それを祝うのがこの日、聖誕祭だ。
 ヴァンパイアであるレイフォードにとって、神とは相容れない仲であるに違いない。けれどもこの男は、そういうことをよく憶えていた。
 ほんのりと雪化粧をしている街の風景を見やりながら、レイフォードは深紅の瞳をわずかに細め、口許だけで笑みを形づくる。この笑みが出る時は、たいていレイフォードの機嫌が良い時だ。無理やり起こされたというのに彼はなぜだか嬉しそうだった。
「!!!!!! ホワイト・クリスマスだぁぁ!!」
 リュカは跳びあがって喜んだ。青年のこの笑みを久々に見られたのも嬉しかったし、今日が聖誕祭だというその言葉にも、リュカは楽しい気分になった。
「レイ、レイ。教会に行こうよ」
 またしても非常識なことを、リュカは何も気にしたようすもなく楽しそうに言う。ヴァンパイアを教会に誘う者など、リュカ以外にいないだろう。
「きっと、人がいっぱい居て楽しいよー」
「……まあ、いいが。ただし隣町のな。俺がザレードの教会に行ったら、大騒ぎになる」
 軽く肩をすくめ、レイフォードは苦笑した。
 それはそうだろう。リュカは大きな黒い瞳をくるりと動かした。ザレードの街で、レイフォードをヴァンパイアと知らない者はいないのだ。
 彼が人を襲ったとか血を吸ったということは、リュカが知る限りでは一度もない。自らが有する圧倒的な力で人間を玩ぼうという邪気もない。
 けれどもこの小高い丘の上に一軒だけたたずむ大きな屋敷。そこに住むのは『悪しきヴァンパイア』なのだと人間たちは決め付けている。昔からそうなのだ……と。
 そして、レイフォード自身は人間たちに何を言われても怒ることなく、いつもどこか遠い瞳をして笑うのだ。かわりに怒りだすリュカを、「放っておけ」と宥めるのだ ―― 。
 それが何故なのかリュカには今まで分からなかった。けれど、かつてレイフォードに人間の友人がいたのだと聞いたあの時、その理由の一端を知ることが出来たような気がした。
 大切な友人と同じ『人間』という存在を、嫌いになることが出来ないのだろう。
 口ではいろいろ冷たいことを言ったり意地悪だったりするけれど、この青年にはそういう繊細な面がある。リュカは、レイフォードのそんなところが大好きだった。
「わーい。じゃあ、早くいこーよ、レイ!」
「レイフォード様。そんなバカ聖獣に付き合うことなんか、ないですよ」
 突然ドアが開き、漆黒の上下を着た少年が手にトレーを持ちながら入ってきた。
 レイフォードの使い魔であり、この屋敷の家事全般を取りしきっているダストという少年だった。今は人型をとっているが、その正体はコウモリである。
「バカ聖獣ってなんだよっ。この間抜けコウモリっ! レイが、おれとばっかり仲良くするからヤキモチ妬いてるんだろう?」
「なんだってーーっ!! ご主人様はおまえなんか本当は嫌いなんだよ。ただ捨てられてて可哀相だから、家においてやってるのさ。早くどっか行っちゃえよ。レイフォード様は僕のご主人様なんだからなっ!」
 ダストはトレーをサイドデスクに置くと、本性であるコウモリに戻って聖獣のリュカと取っ組み合いの喧嘩をはじめた。
 どたんばたんと小動物が取っ組み合う様は傍から見れば微笑ましいかもしれない。けれどレイフォードにとっては、うっとおしい事この上ない。言葉を挟むのもイヤだというように我関せずを決め込んで、レイフォードはベッドから起き上がるとゆっくりと身支度を始めた。
 しかし、自分がすべての身支度を終えてもまだ喧嘩を続けている2匹の動物に、呆れたように溜息をつく。
「……まったく。おまえたちはいつまでもうるさいな。使い魔にしたのは失敗だったな」
 自分は静かな生活がしたいのに、この2人が揃うと平穏な時間を得られたためしがない。
「おれは使い魔じゃないよ。レイっ! 友達だろお!!」
「どっちでも同じだ」
 リュカの抗議をひとことのもとに葬り去ると、レイフォードはトレーの上に置かれた香りの良い紅茶を一口飲んだ。
「ダスト、おまえも行きたいならそう言えば連れて行ってやる。こんな低レベルな聖獣と喧嘩するな。恥ずかしい」
 青年の言葉にリュカは頬をパンパンに膨らませ、ダストは嬉しそうに羽ばたいた。能天気なバカ聖獣よりも自分の方が上なのだと認めてもらえたことが、ダストは嬉しかった。
「すみません。レイフォード様」
 素直に謝って、ダストはもとの少年の姿に立ち戻る。
 リュカは、突付いたら破裂するんじゃないかというくらいにむくれていたけれど。
「で、おまえも行くのか、ダスト?」
 ひょいっと、むくれたリュカを抱き上げてフードに放り込むと、レイフォードは使い魔の少年に視線を向けた。
「……僕は苦手なんです、教会の空気。一緒には行きたいですけど、やめときます」
 もぞもぞとフードから出て、勝ち誇ったようにレイフォードの肩に座るリュカを悔しそうに睨みながら、ダストは深く溜息をついた。
 教会の清廉な空気が、ダストは苦手だった。いや、闇に生息する魔の者であるにもかかわらず、あれが好きだという方がおかしいのだ。
 けれど、尊敬する『ご主人様』にそうとは言えない。
「レイフォード様、今日は何も拾ってこないでくださいね。聖誕祭に雪が降ると、レイフォード様はなぜか拾いものをするクセがあるんですから」
 ダストはめいいっぱい皮肉をこめた視線をリュカに向けてから、レイフォードにそう言った。
 この憎たらしい聖獣もだいぶ昔、雪の降った聖誕祭にレイフォードがどこからか拾ってきたのだ。それ以外にも、小魔やら仔猫やら数え上げたらきりがない。
 今でも屋敷に残っているのはこの聖獣だけであったけれど、これ以上ヘンなのが増えてはたまらない。そうダストは思った。
「……別に拾ったつもりはないんだが」
 レイフォードは苦笑して、肩に座るリュカを見やる。
 リュカは大きな瞳をくるりと動かして笑うと、青年の肩に乗ったまま、まるで威張るように胸を反らして立ちあがった。
「そうだよ。おれは拾われたんじゃなくて、運命の出会いだっ……いったぁ」
 ごつんとげんこつが降ってきて、リュカは目に涙をためて加害者を見上げた。
「れいー、ひどいや」
「バカなこと言ってないで、ちゃんと座ってろ。もう行くぞ」
 にやりと笑い、レイフォードは大きな外套をひるがえす。そうしてゆったりと、ふたりは隣町の教会に向かって歩いていった。


 ザレードの東隣にある小さな町。なんの特徴もないこのサユラの町にレイフォード達がたどりついた頃には、雪はもうやんでいた。
 雪よけにかぶっていたフードをふぁさりと後ろに払いのけると、無造作に揺れる漆黒の髪をかきあげながら、レイフォードは空を見上げた。
 いつもの吸い込まれるような青い空はまるで見あたらず、厚い雲の向こうで太陽の光が微かな銀色の輝きを放っている。
「今日は1日こんな天気か。まあ、大雪にはならないだろうけどな」
「えーっ。もっと積もればいいのに。雪だるまがいっぱい作れるくらい。それに、聖なる日にはよく似合うじゃない。純白の雪につつまれた世界ってさ」
 肩に座っているのが寒かったので、レイフォードの外套の中に入れてもらっていたリュカは、ひょっこりと襟元から顔を出しながら、黒髪の青年を見上げた。
「ふん。おまえが外で雪だるまなんか作ってみろ、きっと雪との区別がつかなくて誰かに踏み潰されるか、一緒に雪だるまになるかのどっちかだ」
 深紅の瞳が楽しげに笑った。
「なんなら、試してみてもいいが」
 にやりと笑って襟元からリュカをつまみ出すと、レイフォードはそのまま雪の上に放り投げるような素振りを見せる。
「わーーっ! やめろよおっ!!」
 ひっしと意地悪な友人の腕にしがみつくと、リュカは拗ねたように口を尖らせた。雪の上にいきなり放られたら、冷たいじゃないかと思うのだ。
 そんな聖獣の抗議に、レイフォードはくすくすと笑声をあげた。
「レイ、なんか良いことでもあった?」
 やっぱり今日のレイフォードは機嫌が良い。リュカは不思議なものを見るように首をかしげた。いつもより口数も多いし、なんだかとても楽しそうなのだ。こんなに明るいレイフォードを見るのは初めてかもしれない。リュカはなんだか嬉しくなった。
「はあ? 別に何もないが……ほらリュカ。着いたぞ」
 変なことを聞くやつだと、レイフォードは軽く肩をすくめた。そして小さな友人に教会を指し示す。
 聖誕祭であるにもかかわらず、サユラの教会はしんと静まり返っていた。もしこれがザレードの教会だったなら、たくさんの人が集まって聖誕祭を祝っているに違いない。
「……あれぇ? 誰もいないね」
 不思議そうに、リュカは首をかしげた。
「中にも誰も居ないみたいだな」
 重々しい礼拝堂の扉をゆっくりと開き、レイフォードは中を覗きこむ。
 中では神が描かれたステンドグラスを静かなロウソクの灯りが照らしているだけで、そこには神官の姿も信者の姿もない。
「へんだねぇ。おれ、ちょっと教会の裏手も見てくるっ」
 たたっとレイフォードの肩から駆け下りると、リュカはひょこひょこと飛び跳ねるように裏に向かって駆けていく。
「ほんとに、じっとしてない奴だな」
 そのうしろ姿を見送ってから、レイフォードは天井を仰ぐように深い息をついた。
 こうして礼拝堂に入るのは久しぶりだった。自分の住む屋敷にも礼拝堂がある。昔は時々そこで考え事をしたり、祈る真似ごとをしたこともあったけれど、最近はめっきり訪れなくなっていた。今ごろはすべてが埃をかぶっているかもしれない。
「どこの礼拝堂も、あまり変わらないな」
 ふっと笑みを口許に佩き、レイフォードはこつこつと足音を立てて奥に入っていく。
 そうして祭壇の前にたどり着くと、彼は立ったまま瞑想するように、そっと瞳を閉じた。
 人間達がよくやるように膝をつき頭を垂れるわけではなく、彼はいつものように不遜に立ちつくしていただけであったけれど、その姿はどこか祈っているようにも見える。
「熱心ですね」
 はっと、レイフォードは深紅の瞳を見開いた。気配を、まったく感じなかった。自分が後ろをとられて気付かないことなど、あってはならないことだというのに。
 警戒するように振り返り、そして、息を呑む。
 にこにこと穏やかな笑顔をたたえた若い神官が、そこに立っていた。
「 ―― !?」
 その青年神官から、レイフォードは目が離せなくなった。思わず叫び出しそうになり、けれども危うく押し留まる。自分自身を落ち着かせるように、レイフォードはひとつ深い呼吸をした。
「どうかしましたか?」
「……いや。ここは、聖誕祭だというのに人が居ないんだな」
 冷静を装って応えながら、レイフォードは青年の顔をまじまじと見つめた。目の前に佇むこの神官の姿が、声が。記憶を揺さぶるように彼の内に入り込んでくる。
 そうではないと、違うと分かっているのに、どうしても重なってくるのだ。数百年もむかし、永遠に失われたはずの友に ―― 。
 吐き気がするくらい、よく似ている。そうレイフォードは思った。
「そうですねぇ。ここは小さな教会ですからね」
 神官は、仕方なさげに笑った。魔の証ともいえるレイフォードの深紅の瞳を見ても、驚きも訝しみも、ましてや怖れもしなかった。
「町のみなさんは、ほとんどがザレードの大きな教会へ行かれましたよ」
 言いながら青年は少し寂しげに目を細める。
「魔性の子供を捕まえたからザレードの神官にどうすれば良いか教えてもらいに行くのだと、そう皆さんはおっしゃってました。なんでも、ザレードにはヴァンパイアがいるらしいので、そういう魔の者の扱いには慣れているだろうと」
「……魔性の子供?」
 意外な言葉に、レイフォードは目を見張る。
 神官はレイフォードを見やり、そしてステンドグラスに描かれた神の姿を見やった。
「ええ。あの子は普通の子供だという私の主張は、聞いてはいただけませんでした」
 幼い子供を救うことも出来ない無力な自分を悔やむように、青年神官は小さく頭を振った。
 ふっと、レイフォードは笑った。
 この神官が自分の友人と似ていたのは、どうやら姿かたちだけだったようだ。自分の友であった男なら、こんな時は悔やむよりもまず行動を起こしていたはずだ。
 もしかしたら本人なのではないか……などという馬鹿げた考えを馳せて動揺していた自分が、愚かでそして可笑しかった。
「何か可笑しなことを言いましたか?」
 ふいに笑い出したレイフォードに、神官は不思議そうに首をかしげた。
 レイフォードは「いや」と軽く応えると笑いをおさめ、唇の片端をつりあげるように神官を見た。
「聞いてもらえなかったら、それで諦めるんだなと思っただけだ」
「諦めてはいませんよ。対策を練るのに落ち着こうと思って礼拝堂に来たら、あなたが熱心に祈っていたので、つい声を掛けてしまっただけですよ」
 にこりと、神官は笑った。
 レイフォードは軽く眉を上げた。熱心に祈っている者には、声を掛けるのを憚るのが普通だろうにと思ったが、あまりに和やかな青年の笑みに言い返すのもばからしくなった。
「ふん。俺は祈ってたわけじゃない。ただ目を閉じていただけだ」
 そうとだけ言うと、レイフォードは礼拝堂前でわかれたリュカを探しに行くように、扉の方へ歩き出した。
「……変わりませんね。レイフォード」
「 ―― !?」
 はっと、レイフォードは深紅の瞳を驚愕に見開き、振り返る。いま、あの男は自分の名を呼ばなかっただろうか? 名乗った覚えなど、レイフォードにはまったくないというのに。
「自分を悪く見せようというのは、おまえの悪いくせですよ」
 にこやかな笑みの中に、先程までとは違うどこか凄むような気配を浮かべ、神官はじっと、立ち去ろうとしたレイフォードを見つめていた。
 その眼差しは、あまりに懐かしい ―― 。
「……セン、リ……!?」
 吐き気がするほど懐かしく、そして大切だった友人の名を、青年は小さく呟いた。
 今朝起きたときから、なぜか奇妙に気分が高揚していた。それは今日、ここで彼に会えると自分はわかっていたのかもしれない。レイフォードは一瞬そう思った。
 しかし、そんなことはあるはずがないのだと、理性は冷たく囁いてくる。
 湧き上がる懐かしさと、あるはずがないという不審感に、レイフォードは動揺した。そして、動揺してしまった自分自身に腹が立った。
「……ちっ。何を惑っているんだか。らしくない」
 こんなとき傍に能天気なリュカでもいてくれれば、もう少し自分は冷静になれただろうにと、そうレイフォードは思った。

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