降り頻る月たちの天空に-------第2章 <1>-------
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 遥かに広がる海を眺めながら、セファレットは深い息を吐き出した。
 何者も支配することの出来ないはずの壮大な海。深い碧翠色をした水の上に、柔らかな光にも似た壁が高く遠く広がっている。
 ロナ達が言っていた、レミュールとD・Eを隔てる二重結界。
 オーロラのように天空を覆うそれは神秘的で、けれどもどこか寂しげだとセファレットは思った。
 それはただの感傷かもしれない。しかし忘れ去られ、そして存在を否定されたD・Eの物哀しさであるように思えるのだ。
「結界の向こうに、何があるのかしら?」
 セファレットは後ろに佇むティアレイルを振り返る。
 寄せては返す波に足元を濡らしながら、夜でもなく朝でもない、ほのかに朱く染まった天空を見上げていたティアレイルは、翡翠の瞳をゆっくりと彼女に向けた。
「さあ? D・Eに行って帰ってきた人間はいないからね」
 セファレットの期待していた答えとは明らかに違う答えを返し、ティアレイルは打ち寄せる波に視線を落とす。
 穏やかなその表情が、なぜだか幼い子供のように思えてセファレットはくすりと笑った。
 科学技術研究所と魔術研究所。この二つのアカデミーがつくられた本当の理由をロナとルナの口から聞いて以来、ティアレイルはどこか途方にくれたような、道に迷った子供のような表情を時おり見せた。
 セファレットも昨日はかなり頭が混乱したものだ。けれど、それが自分だけでなく、人々の畏敬を集めてやまないこの魔術派の象徴でさえもそうなのだと思うと、心がほっと軽くなる気がした。
「ティア、ハシモト。もうすぐ科学派の方の結界は解き終わるみたいだぞ」
 波音の合間にきゅっきゅっと砂が擦れる音と落ち着いた低音の声が聞こえ、二人はその方向を振り返った。
 白い砂浜をゆっくりと歩いて、アスカがこちらに向かってきていた。その色素の薄い髪に空の色が映え、やわらかな薄紅に染まって見える。
「科技研はルフィアひとりだからな、孤軍奮闘してたよ」
 アスカは晴れた夜空のような瞳を楽しげに細め、親指で背後の岩窟を示した。
「アスカさんが手伝ってあげればよかったのに」
 いつも科技研に入り浸っているのだから、それくらいできるのじゃないかとセファレットは思った。科学派が一人しかいないのは分かっていたのだから、少しでも科学になじみのあるアスカが加勢するべきだ。
「そうしようかなぁと思ったんだけど、邪魔だといわれたのさ」
 ぺろりと舌を出して、アスカはおどけたように笑った。
「ほら。そんなことより、そろそろおれたちも行かないとなっ」
 二人は軽く頷くと、砂を蹴るように岩窟に向かった。
 巨大な岩が重なり合うように出来た自然の天井の隙間から柔らかな薄紅の陽光が差し込んで、彼らの姿を優しく照らしている。
 こんな状況でなければ、幻想的なこの空間を楽しむことも出来ただろうにと、セファレットは少し残念に思った。
 この場所は、アカデミー員でさえ滅多に立ち入ることの出来ない場所なのである。
 夜も昼もない。ただただ淡い薄紅の色をした空の色が支配する空間。レミュールとD・E……昼と夜の境界。
 この二つを隔てる二重結界が生み出される、四方を海に囲まれた小さな島。そこが4人が今いる場所だった。結界を保護するために、もちろんこの島に人は住んでいなかったし、立ち入りも禁じられている。
 ティアレイルは以前にも一度だけ仕事の関係で来たことがあったが、他の3人にとっては初めて訪れた場所だった。
 しばらく薄紅の通路を歩いていくと、微かな陽射しすら入らない大きな部屋のような場所に出る。
 人為的に造られただろうと思われるその大きく広がった空洞の岩肌は、まるで白い炎を含んでいるように輝き、陽射しが届かなくともほのかに明るく彩られていた。
 二重結界をつくりだす二つの『鍵』が、そこに置かれているのである。
 アスカたちがそこに入ると、手頃な岩に軽く腰掛けていたルフィアが、あざやかな笑みを浮かべて立ち上がった。
「遅かったね。待ちくたびれちゃった」
「ルフィア、もう終わったのか?」
 アスカは確かめるようにそう尋いた。
 少し時間が掛かりそうだから、その間にティアレイルたちを呼んでくるようにと言われ、アスカは砂浜まで二人を呼びに行ったのだ。
「うん。まあショーレンがいればもっと簡単だったんだろうけど、私は技術屋だからね。ちょっと時間がかかっちゃった」
 おどけるように応えると、ルフィアは軽く肩を竦め、いたずらっぽい笑みを宿す。
 科学派の施した光壁の一部を、一時的に取り除くのが目的だったのだが、その光壁を作り出す装置は今までルフィアが見たこともない旧式の機械で、操作の仕方がよくわからなかったのだ。
 ルナから一通りの操作方法は聞いてきていたが、あまりに旧式すぎて、てこずったのだという。
「ほんのちょこっと、私が使いやすいように改造しちゃったから、あとでちゃんと総統に報告しとかなきゃ」
 ぺろりと、ルフィアは舌を出して笑った。
 だいぶ前に自分用に開発していたコンピューターチップ内蔵の多機能ピアスをその装置の中に埋め込んで、自分流に改造してしまったと言うのである。
 それを『ちょっと時間が掛かった』程度でやってしまうのは、科学派きっての技師と言われるルフィアだからこそできる芸当だ。
「さすがルフィアだな」
 アスカは軽く口笛を吹くと、感心したように何度も頷いた。
「まあね、それが私の専門だから」
 明るい笑みを浮かべながら、彼女は軽く左目を閉じてみせる。豊かな自信に彩られた笑みが、ルフィアによく似合っていた。
「…………」
 ティアレイルはルフィアと機械を交互に眺めた。
 彼女の手際の良さを賞賛しようとも思ったが、結局何も口には出さず苛立たしげに視線を逸らす。
 科学派も魔術派も根は同じだと知らされた今、前のように徹底的に科学を嫌うことはできなくなっていた。だからといって急に好きになれるほど、ティアレイルの科学に対する『嫌悪』は簡単なものではなかった。
「次は魔術の結界を解く番だな。ハシモトやるぞ」
 アスカはセファレットと共に部屋の中央にあった魔法陣に歩みを進めた。
 二重結界の最後の鍵。魔術派の『オーロラ』は、その魔法陣から発せられている。それを止めなければD・Eに行くことはできない。
 三人の実力を考えれば、この役目はティアレイルのものであったろう。しかし、アスカとセファレットの二人が敢然と反対した。まだ怪我が完治していないというのが、二人の言い分だった。
 ティアレイルの体内に残っていた『反発』の力は朝には消え、彼は治癒の術で既に昨日の怪我を癒し終えている。けれども、あまりに凄い剣幕で反対されたので、ティアレイルは特に反論もせず、二人に任せることにしたのである。
「魔術の方は一時的に結界を弱めるための道具を総帥にもらってきているからな。ルフィアよりも楽だ」
 あたかも血の色のように見える真紅の珠を手に持ち、アスカは軽く笑った。
 魔術の結界は科学のそれとは違い、アカデミーの総帥が変わるたびに張りなおされてきた。ここに施された『結界』は、魔術研究所の『総帥』の力そのものだと言ってもいい。
 ゆえに魔術研の総帥には強大な術力と精神力、そして維持力が要求され、そのうちのどれかが弱まると世代交代を余儀なくされる。
 現在のこの結界は、もちろんロナが張ったものである。ほんの3年程前に張りかえられたばかりの、まだ新しい結界だ。
 そしてその結界を解くには、やはりロナの力が必要だった。無理に解くこともできるが、そうすれば『結界創者』であるロナに危害が及ぶと言われている。
 だからこそロナは、彼らに『道具』を与えたのだった。
「じゃ、やるぞ」
 アスカはロナの術力が込められた真紅の珠を、魔法陣の中央目掛けて放り投げた。珠は重力に反し、ふわりと空中で止まる。
 その珠に向けてアスカは無造作に左手をかざし、セファレットは祈るように瞳を閉じて精神を集中させる。まるで陽炎が立ち上ぼるように、二人の周りを緩やかな風が包み込んだ。
 真紅の珠は、彼らから発せられたその魔力に感応したように静かな輝きを放ち、少しずつ大きくなる。
 そして ―― それが魔法陣全体に影を落とすほど大きくなると、珠は玲瓏な音をたてて砕け散った。
 静かにふりそそぐ紅の雪のように、紅珠の破片は薄く魔法陣をおおう。魔法陣から発せられる結界の魔力を、その破片が遮っていた。
「今のうちに、さっさとD・Eに行こう。この破片がどれだけ保つかわからないからな」
 アスカは薄い笑みを頬に刻むと、他の三人を促すように見やる。
「そうだね。じゃあ私はイファルディーナを準備してくるから、あとから来て」
 ルフィアはぴょこんと飛び跳ねるように、岩窟から走り出て行った。
 D・Eでの移動手段には魔術の『転移』を行うよりも、車の方が便利そうだというので科学技術研究所から一台借りてきたのである。
 総統であるルナから借りたのだ。それはもちろん最新型の浮上車『イファルディーナ』だった。
 イファルディーナは反物質や反水素と呼ばれる原子を生成する機能を持ち、ほとんど半永久的に燃料の補給を必要としない。1gの反水素があれば車は10万年は走り続けるとも言われている。
 それは、まったく未知の場所であるD・Eに行くには必要な機能といえた。
「……科学の力に頼ることになるとはな」
 ティアレイルの端正な頬に、苦い笑いが浮かびあがる。科学派と手を結ぶ価値はないなどと考えていた昨日までの自分が、あまりに愚かでおかしかった。
「たまには、ティアも科学にふれてみるといいさ」
 アスカは優しく笑う。今回のことでティアレイルが良いほうに変わってくれればいい、そんな思いがアスカにはあった。
 出会った当初、ティアレイルは科学嫌いではなかった。なにせ彼の両親は科学派の権威だったのだ。まだ五歳だったティアレイルには、両親の行う科学こそがすべてだったと言ってもよい。
 そんな彼が『魔術』に興味を持ったのは、12歳を過ぎた頃だったろうか?
 しかしその頃はむしろ現在のアスカと同じで両方の存在意義を理解し、どちらかを選ぶことはしなかった。
 ティアレイルが魔術に傾倒したのは、それから一年ほど経ってからだ。
 その理由をアスカは定かには知らない。だが、何かしら『科学』への嫌悪を募らせることがあったのだということは、幼馴染みの様子から明白だった。
 それまで両方の力を認めていたティアレイルが、ある日を境に科学を否定し、現在のように異常な嫌悪を示すようになったのだ。
 その変化は周囲……特に彼の両親を驚かせたものだった。そして、当時アスカはティアレイルの両親にひどく恨まれたのである。
 そもそも科学一色だったティアレイルに魔術の存在を教えたのは、このアスカだった。選んだのはティアレイル自身だが、選択肢を与えてしまったアスカを、ティアレイルの両親はことさら非難し、恨んだのだ。
 だが、ティアレイルが魔術を選んだことはアスカにとっても衝撃的なことだった。選ぶだけならまだいい。しかしこの幼馴染みは完全な魔術派になってしまったのだ。
 どちらか一方に偏った思考がその人間にプラスになるはずがない。否、マイナスになるとさえアスカは思っている。
 だからこそ、昔のように柔軟な視野を持ってほしいというのが本音だった。
 ―― らしくないか。いくら幼馴染みとはいえ、個人の考え方に異を唱えることは一事に凝り固まった人間がするのと同じことではないか。
 自分の考えが単なるお節介であることに気付き、アスカはため息を吐き出すように頬を歪めた。
「どうしたのさ、アスカ?」
 常に不遜なまでに堂々としたアスカの自嘲するような表情を見て、ティアレイルは首をかしげた。この年上の幼馴染みがこんな表情をすることなど、めったにない。
「なーんでもないよ」
 アスカはくすりと笑うと、ティアレイルの額をピンと弾いた。いつもの余裕たっぷりな笑みが口許に戻っている。
「…………」
 ティアレイルはムッとアスカを見返した。
 普段は余り気にならないが、こんな時は、いつまでも自分を子供扱いするアスカに腹だたしさを感じてしまう。
 それが子供っぽい考えだというのもわかっている。しかしティアレイルは、自分がアスカの中で対等な位置にいないということが、時々ひどく嫌になった。
 いつまでたっても、自分はアスカの中では『弟』なのだ。対等な親友として存在するアルディス=ショーレンが羨ましい。
 幼馴染みの『弟』ではなく、対等な友人になりたいと思うのは、贅沢な望みなのだろうか? 時々ティアレイルは考えてしまうのだ。
「みんなあ、もう用意できたよ! 早くしないと結界が復活しちゃうぞおっ」
 岩窟の入り口から叫んだのだろう。姿は見えないがルフィアの玲瓏な声がこだまするように岩窟内に響き渡った。
「分かった。すぐに行く!」
 高すぎも低すぎもせず、しっとりと耳に心地好いアスカの声がルフィアにそう返す。
「さーて、いくか。ティア。ハシモトも」
 アスカはにやりと笑って、2人の同僚を促すように見た。
 それを無視するように、ティアレイルはぷいっと顔をそむけると、一人で先に歩いて行ってしまった。
「ごきげんナナメか。そんなに車が嫌かな。まったく可愛いね、あいつは」
「あーあ。かわいそうなティアレイル」
 まったく意志の通じていないアスカの反応に、セファレットは肩をすくめた。
 自分でさえティアレイルが拗ねた理由はわかるのに、どうしてこの男はわからないのだろうか? まあ、分かっていて言っているのなら、なおさら性質たちが悪いけれど……。
「ん? ハシモト、なんか言ったか?」
「今度はいつ、こっちに帰って来れるかしらねって言ったの」
 セファレットはすみれ色の瞳をいたずらな仔犬のように閃かせ、にっこりとアスカの顔を見上げた。
 自分たちがD・Eに入った後は、結界は再び閉じてしまう。それを恐れているわけではないが、少し訊いてみたくなった。
 アスカはちょっと笑うと、片眼鏡ごしにウィンクした。
「生きてるうちには帰れるさ」
「もうっ、アスカさんもティアレイルも、気の利いたことを言わないってところはそっくりよね」
 このふたりにロマンや思いやりのある発言を求める方が馬鹿だった。砂浜でしたティアレイルとの会話を思い出し、セファレットはぼやくように溜息をついた。
 そのわりには表情は楽しそうで、どこか浮き浮きしているようにも見える。D・Eという見知らぬ場所に行くという好奇心が、不安に勝っているようだった。
「やっぱりハシモトって、かなり変わり者だよな」
 可愛い外見には似合わぬその性格がおかしくて、アスカは肩を揺すって笑う。
「アスカさんに言われたら、おしまいね」
 ころころと笑いながらそう言葉を返すと、セファレットはティアレイルを追いかけるように歩き出した。
「……どういう意味だかねえ」
 アスカは苦笑を浮かべ呟くと、ゆっくりともと来た道を戻っていった。
 三人が岩窟を出ると、大きな乗り物が砂浜に置かれ、そこでルフィアが両手を大きく振って三人を招いていた。
 砂浜に置かれた『イファルディーナ』は、車というよりは軽飛行機に近い形をしていた。それもそのはずで、これは一般的な浮上車エアカーではない。
 一般浮上車の走行高位は地上1mくらいが普通だが、この『イファルディーナ』は上空高い位置でも飛べるように改良されたものなのである。
 これならば、上空・地上の両方からショーレン捜索ができるというわけだ。
 そしてもう一つの目的、三月の一つである『流月の塔』を探すにも、それは便利であるに違いない。
 ルナが彼らに貸す車にイファルディーナを選んだのは、そういう理由もあった。
「これならショーレンが合流しても大丈夫だな」
 アスカはドアに手を掛けながら、広い車内を見回しニッコリ笑う。乗員四人が五人になっても一向に支障はなさそうな、かなり広いスペースがある。
 その脇からヒョイと顔を覗かせて、セファレットは感嘆の声を上げた。
「すごーい。移動する家って感じだね。少し心配してたんだ。お風呂のこととか。プライベートとかね」
 外見のシンプルさとは裏腹に、こまやかな配慮が感じられる内装が施されている。これだけの装備がついていれば、D・Eに行ってからの日常生活にも差し支えがないだろう。彼女はそう思って嬉しくなった。
 川や泉での水浴びも水が清潔ならよいが、もしそうでなかったらどうすればいいのか困ると思っていたのだ。
「本当はイファルディーナにこんな装備ついてないんだけどね、ルナ総統が昨日徹夜でいれてくれたんだよ」
 ルフィアは誇らしげに笑った。
 長旅になるかもしれないので不自由がないようにというルナの配慮である。さすがにルナは女性だけあって、その辺はよく心得ているようだった。
「確かにサービスが良いな。果物なんかもあるぜ。味気無い固形食ばっかりじゃ、飽きるもんなぁ」
 アスカは後部の収納庫からリンゴを取り出すと、かぷりと無造作にかじる。
「いま食べてどうするのさ」
 ティアレイルは手を伸ばし、リンゴをひょいっと取り上げた。
「アスカがいたんじゃ、果物がいくらあっても足りないね」
 いつも子ども扱いされることへの仕返しのつもりなのか、ちょうどよい位置にある窓枠に頬杖をついたティアレイルは、からかうように言う。
 アスカが子供の頃から大の果物好きだということはよく知っている。
 大好きな果物を食べそこねて、アスカは名残惜しそうに目を細めた。
「甘いなティア。果物っていうのは女性陣の方がよく食べるんだぞ」
 同意を求めるように二人の女性に視線を向ける。しかし女性二人は笑いを噛み殺したように、互いに目を見合わせただけだった。
「あーあ、しらばっくれてるよ」
 アスカはわざとらしく肩をすくめ、座席の背もたれによりかかる。彼の鋭敏そうな外見とは似ても似つかない、拗ねた子供のようなその態度に、他の三人は思わず笑い出していた。
「 ―― え?」
 ふと、ティアレイルは誰かに呼ばれたような気がして振り返った。
 そこにあるのは薄紅の天空。その向こうから、レミュールの人間が忘れ去った……否、隠した『真実の歴史』が語り掛けるてくるように、風が耳元を吹き抜ける。
 天空を覆う結界に生まれた小さな空洞。結界が緩んだ場所。風は、そこから吹いているようだった。
 それは無言の旋律となって、ティアレイルの聴覚を満たす。
「……鎮魂歌?」
 風が運ぶその旋律が何故か懐かしい。そうティアレイルは思った。
 その懐かしさの理由を求めるように、風の中に感覚を凝らす。しかし、そこには何も見つけることは出来なかった。
「ティアレイル大導士、窓を閉めてもいいかな? 結界が閉じてしまいそうだから、急いで出発しないと」
 ルフィアはやや緊張したように、窓の外に身を乗り出したティアレイルに声を掛ける。結界に開いた空洞が、先程よりも少し小さくなったような気がした。
「……ああ、そうだね」
 微かに頷くと、ティアレイルはゆったりと身体を窓の内に戻した。やわらかに風に流れる旋律は気になったが、だからといってワガママを言うわけにもいかない。
 今はただ、D・Eに行くことが先決だ。
「じゃあ、行くからね」
 ルフィアはみんなが席についたことを確認すると、ふわりと車を始動させた。
 海の上を滑るように、イファルディーナは結界の緩んだ空洞めざして走る。
 まるで薄紅の天空に吸い込まれていくように、四人を乗せた車はレミュールからD・Eへと、その場所を変えていった。




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