『夢のつづき』
きゅっと目を閉じて。アスレインは膝を抱えるようにベッドの上に座り込みながら、そっと両の手のひらで顔をおおい隠す。
「ひとつ。ふたつ。みっつ……」
ゆっくりと、小さく口の中で十まで数えた。
数え終えると、深く長い深呼吸をする。それが毎日の儀式。
あの扉を開けたらやはり、そこには誰も居ないのではないだろうか? 自分はこの家に一人ぼっちで居るのではないだろうか ―― 。
そんな心を落ち着けるように。昨夜までのことがすべて夢ではなく現実でありますようにと願う、目覚めてすぐの、アスレインの毎朝の祈り。
半年前。両親が亡くなって独りぼっちになった。
けれども。そんな自分の前に、両親と入れ替わるようにあの人がやって来た。兄のように。父のように。そして母のように。自分を暖かく穏やかに包み込んでくれる、薄藍の髪と瞳をもつ青年。
彼がいることで、自分はどれだけの寂しさを癒され、どれだけの悲しみを歓びに変えてもらったことだろう。今では両親の死も、嘆くことなく心静かに思うことが出来る。
そんな、まるで夢の中のように暖かく幸せな日々を送る毎日が。アスレインには不安だった。ふと目が覚めてみればすべては夢の中の出来事で。自分はただ独り。あの人の姿など、この世のどこにも在りはしないのではないか ―― ?
「……ユライア」
その日々が夢などではなく現実なのだと信じるように、アスレインは青年の名を口に乗せる。そうして名前を呼んでみると、どこか心がほっと和むような。暖かい何かが心を満たしていくような。なんだかとても不思議な気がした。
―― こん。こん。こん。
不意に、アスレインの部屋の扉を軽く叩く音がした。
「アスレイン、どうかした?」
穏やかな。春の陽のような声音が少女に呼びかけてくる。アスレインはびっくりして目をまるくした。あんなに小さな声で呼んだのに、その声が彼に聴こえるわけがなかった。
「ううん。なんでもないけど……」
かちゃりと扉を開けて、アスレインはユライアの優しい顔を見た。その顔を見ただけで、さっきまでの心細さが一気に消えたような気がする。
「……呼んだの、聴こえた? あんなに小さな声だったのに」
「どんなに小さな声だって、アスレインの声なら聞こえるよ」
草原のように穏やかな彩をたたえた薄藍色の瞳をふわりと笑ませて、ユライアは少女の金色の髪を優しく撫でた。
「だからもう ―― 夢か現実かなんて、毎朝思うことない」
「……ユライア?」
アスレインは幼さの残る蒼い瞳を見開いた。彼は、自分が振り払うことの出来ない心の不安を、ちゃんと知ってくれていたのか ―― 。
「私は黙って居なくなったりしないから。心配しなくていい。……ごめん、もっと早くに言ってあげられたら良かったね」
つい最近までは。この少女が元気になったら出て行こうと思っていた。そんな自分の心が彼女に伝わって、アスレインはずっと不安だったのかもしれないとユライアは思った。
それでも『ずっと一緒に居る』とは言ってあげられない自分がもどかしくて。けれども出来る限りはこの少女のそばに居てあげたくて。ユライアは薄藍の瞳をそっと細める。
もし、自分が咲夜蒼花を咲かせることが出来たなら。その時こそは、ずっと一緒に居ると言ってあげられるのに ―― 。
「私はずっとね、花を咲かせようと旅をしていたんだよ、アスレイン。夜にだけ咲く花……咲夜蒼花という花を。でも今は……それを咲かせて、君に見せたいと思う」
ユライアはそっと、小さなアスレインの身体を抱き寄せた。そうすることで、自分がここに居るのだということを少女に伝えたかった。
アスレインはおそるおそる、けれどもぎゅっと。そんな青年の服を掴みながら頷いた。この手に在るものが ―― 夢や幻ではないのだと確かめるように。
そうして二人は優しい日々を紡いでゆく。
二人の夢は、まだ醒めない ―― 。
『夢のつづき』 おわり
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