「なんでこんなことになったんだよおっ!」 リュカはその純白の身体をすすで真っ黒に汚しながら、じたばたと駄々っ子のように手足をばたつかせた。何が楽しくて聖獣が焼却炉の中を引っ掻き回さないといけないのかと、哀しくなってくる。 「おまえがレイフォード様の懐中時計を持ち出そうとするから、こうなったんじゃないか」 むっと瞳を吊り上げて、十二・三歳に見える少年……ダストは冷たく言い放った。その顔も、すすや灰で真っ黒に汚れていたけれど。 主人であるレイフォードに対してはもちろん従順な使い魔であるが、いつもその"ご主人様"を独り占めにしてしまう"バカ聖獣"に対しては、どうしても意地悪になってしまうダストだった。 そもそも事の起こりは、リュカがレイフォードの部屋から懐中時計を持ち出したことに端を発する。 レイフォードの留守中に、珍しく本でも読もうと思ったリュカが本棚を物色していると、脇の引き出しからそれが出て来たのだ。銀色の、細かな装飾が施されたとても綺麗な時計だった。 けれども残念なことに針が動いていなかった。だからリュカは、こっそりと修理に出して、直ったところでレイフォードを驚かせようと思って持ち出したのである。 ちょうどその時レイフォードが部屋に戻って来たので、内緒にしたかったリュカはあろうことかその時計を近くにあった紙くずと一緒にゴミ箱の中に隠したのだ。もちろん、あとで回収するつもりで。 「そうだけど、ダストがゴミ箱の中身を確認もしないで焼却炉に放り込むのも悪いんだからな〜っ!」 リュカは拗ねたようにダストを見やる。いつもならこの几帳面な使い魔はちゃんと確認しながらゴミを燃やすのだけれども。ちょうど火にくべようとしていたところをレイフォードに呼ばれ、今日に限ってぱっと中身を見ただけで入れてしまったのである。 「……だ、だからこうやって手伝ってるんじゃないか、バカ聖獣!」 尊敬するご主人様の持ち物を、知らなかったとはいえ自分の手で火の中に投じてしまったことが、ダストは悔しくて泣きたくなってくる。 「黒焦げだったとしても、レイフォード様にちゃんと時計の残骸を見せて謝るしかないじゃないかっ」 「そうだけど……こんなに探してもないんだもん。熔けちゃったんだよお、きっと」 二人とも顔と身体を真っ黒にしながら焼却炉の灰の中をかきまわして探しても、その燃え滓さえも見当たらない。かれこれこうして3時間は灰と格闘しているというのに。 「そろそろレイフォード様も帰られる頃なのに……どうしよう」 「大丈夫だよお、レイは怒らないよ。きっと呆れるだけだよ」 リュカは心の中でふくれあがる罪悪感を抑えるように、うんうんと自分自身で納得するように頷いた。 「……それが嫌なんじゃないか」 ダストはしゅんと俯いた。 確かにレイフォードはそんなことくらいで激怒したりするような性格ではない。たとえそれが大事なものであったとしても ―― もちろん彼が最も大切にしているピアスであれば話は別だろうけれど ―― 何事も無かったように『このバカが』と笑うに違いなかった。 だからこそ、ダストは申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。これがもし大切な時計だったらと思うと気が気ではない。壊れて動かなくなった時計を、捨てずにいつまでもしまっておいたということからも、それが大事なものではないかと思えるのだ。 「とにかく、もっとちゃんと探すんだってば。おまえもっと奥まで入ってみろよ。僕は排気孔に落ちてないか見てみるから」 「もう全部かきまわして探したんだよぉ」 へとへとになって、リュカはぺたんと尻餅をつく。純白の聖獣がまるで黒毛の魔獣のように汚れきっていた。 「……何をやってるんだ、二人して」 全身を灰だらけ煤だらけにして、焼却炉の近くで何やらやっている使い魔と聖獣に、レイフォードは訝しげに声をかけた。 顔を合わせればいつも角を突き合わせているこの二人が、仲良く(?)共同作業をしていることも珍しいといえば珍しい。 「れ、れい〜〜〜〜っ!!!」 「レイフォード様っっ!!」 二人はぴょんっと、泣きつくようにレイフォードのもとへと走りよってきた。その表情は悲しげに申し訳なさそうにうなだれていた。 「……懐中時計?」 二人の話を聞いて、レイフォードは軽く眉をあげた。その口元があざやかな笑みを宿す。 「それは、コレのことか?」 「あーーーーーーーーーーーっ!!!」 リュカは大きな声を上げた。レイフォードが懐から取り出したもの。それはまさしく。自分がレイフォードの部屋から持ち出そうとして、ゴミ箱に隠した銀の懐中時計だった。 「なんで、レイが持ってるのさぁ」 ぐったりと脱力したように、リュカは友人のヴァンパイアを見上げた。 「ふん。さっき出掛ける前にゴミ箱に落ちているのを見つけてな。変だと思って拾ったんだよ。いちおうコレは思い出の品だからな」 その言葉に、ダストはほっと安堵の溜息を漏らす。 リュカなどは、今までの灰まみれの努力が無駄だったとわめいてはいたけれども。 レイフォード様の思い出の品が燃えなくて良かったと、心から思うダストだった。 「まあ、これに懲りたら勝手に人の物を持ち出すんじゃないぞ、馬鹿リュカ」 にやりと、レイフォードは笑う。 「うん。レイ、ごめーん」 いちおう自分が悪いとは分かっているのだろう。殊勝にも謝る聖獣だった。 「……ったく。このバカが。ほら、ダストもリュカも。さっさと身体を洗ってこい。そんな灰まみれで屋敷に入るのは許さないからな」 思わず見惚れてしまうような鮮やかな笑みをその口元に佩いて、レイフォードは二人を促した。 「りょーかーい!」 「す、すみません、すぐに洗ってきます!!」 二者二様の返答をして、二人は急いで庭先の洗い場へと走っていった。 仲がいいのか悪いのか。正反対のようでどこか似た者どうしな聖獣と使い魔である。レイフォードはふと可笑しく思いながら、そんな彼らのうしろ姿を眺めていた。
『聖獣と使い魔』 おわり |
ダスト&リュカの小動物コンビに1票いただきました。ありがとうございます♪ 実はこの二人(匹?)を書くのは好きです。なんだかバカバカしくて(こら) 毎日何かしら喧嘩してそうなチビたちです。この二人が揃っている限りは、レイフォードに静かな日々は訪れないでしょうね(笑) |