蒼き花 散りて星
〜 星生まれの咏 〜

11.結

 闇空に広がる数多の珠玉を目にして、水伯はひどく哀しげに、震えるようにその美しい頬を歪めた。
「……陽……王……あなたはすべてご存知だったのか……」
 僅かに青褪めた唇がかすかに動く。
 己の分身ともいえるユライアの魂を闇王に汚されたと報告を受けたときも、太陽王は静かに笑っただけだった。ユライアに良く似た、けれども朱金に輝く穏やかな瞳をゆるやかに細め ―― 。
 ならばその子供に咲夜蒼花を咲かせよと、己の力で闇王の烙印を打ち破らせよと、そう言ったのだ。
 神聖五伯でさえも咲かせることの出来なかった幻の花。それを、太陽王みずから生み出した魂とはいえただの人間として生まれる子供に。
 それは ―― この花を咲かせるのは人の生命だと。そう知っていたからだったのではないか?
「…………」
 どこか寂しそうに眉根を寄せて、水伯は己の思考を断ち切った。
 咲夜蒼花は咲いた。恐ろしい闇夜を照らす光が生まれた。これで、神が人世に創り出すべきものはすべてそろったのだ。あとは ―― 人が己の手で築いて行けばよい。
 水伯は悲嘆するように息をつき、噴水へと視線を戻す。そうして水面を見つめたまま、もう何も言おうとはしなかった。


 西の空に沈みかけた陽に、ユライアは軽く瞳を細めた。坂の向こうから、旅装束を身につけた少年が来るのが見えていた。
「ファゼイオ、やっぱり行くんだね」
 その少年が目の前に来ると、ユライアは穏やかにそう尋いた。
「ああ。俺は、俺の夢を叶える。絶対に。……俺がつくる国家くには、絶対におまえみたいな……アスレインみたいな哀しい存在はつくらせないからな。だからもし……『今度』があるなら、アスレインもユライアも、俺が創った国に来いよ」
 ファゼイオはぶっきらぼうにそう言った。
 アスレインの死を知ったときは泣いた。ユライアを罵った。殺したいくらい、憎んだ。
 けれども、もうそんなことは止めた。アスレインは、ユライアが好きだった。それを、自分は知っているのだ。そのアスレインの気持ちを、踏み躙るようなことだけはしたくなかった。
 だからこそ、自分はこの町を出る。ユライアを見れば、どうしても憎く思ってしまうから。分かっていても、止められないから ―― 。
 それに ―― アスレインがいたはずの土地。思い出のたくさん詰まったこの町に居続けることは、まだ若いファゼイオには、やはり辛かった。
 だから夢を見ようと……己の夢を希望にかえようと、彼は町を……叔父のゼンやディーンと一緒についてこの大陸を出ると決意した。
「夜、天空に咲いてる花って『星』っていうんだろ? 水伯が言ってた。でも、あれはアスレインだって、俺はそう思う。時々、アスレインが居るように思える。だから、俺は夜が好きだ。アスレインはきっとまた天空からここに戻ってくる、そう思えるからな」
「そうだね、ファゼイオ」
 ユライアは軽く頷き、少年を見やる。
 自分と出会ったことで、アスレインは死んだのかもしれないと思う。けれども、それが自分が禍神の化身だったからなどとは思わない。出逢ったことも後悔しない。
 彼女の最期の言葉が。笑顔が。ユライアに哀しくも微かな光を遺してくれた。あれがあるから……自分はこれからも希望ゆめを見つめていくことが出来るだろう ―― 。
「じゃあ、俺は行くけど……ユライア、ずっとここにいるのか?」
「ああ。約束した。ずっとアスレインの傍にいると」
 少女の眠る優しい森の方に視線を移し、ユライアは微笑んだ。そのまま、懐かしげに瞳を細めてどこか遠い思い出を見やる。
 ファゼイオはそんな青年を見るのが辛かった。だから別れを告げて、足早に去っていく。けれども一度だけ、名残惜しそうに振り返り、アスレインの居たはずの家を見た。
 そして、そこに佇むユライアと『アスレイン』にもう一度小さく別れを告げ、今度こそ去って行った。
 ユライアはそんなファゼイオを見送ると、もう一度、少女の眠る森を見る。
「ずっと、ここにいるよ」
 遥かな時の彼方まで ―― 。ユライアはそっと呟いた。
 ファゼイオが言ったように、もし『今度』があるのなら、また君に出逢う。必ず。そしてまた一緒に過ごそう。今度こそ、決して離れることもなく ―― 。
 ユライアの薄い藍色の髪が、薄墨色に暮れかけた空にふわりと靡く。
 天上の一番高く、優しく瞬く一番星が見え始めていた。

『蒼き花散りて星』 おわり




 最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
 今回の話は、少し哀しい終り方になってしまいました。ハッピーエンドを思っていてくださった方には申し訳ありません。
 読んでくださった皆さまに、この「蒼き花散りて星」を少しでも気に入っていただけたら……と思います。また、ご感想などをいただけましたら、とても嬉しいです。

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2003.8.31 up
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