蒼月の涙  - 降り頻る月たちの天空に 外伝 -

〜 プロローグ 〜


 とても青い天空が、ずっとずっと遥か遠くの方まで広がっていた。
 そこに、ひとつだけ流れる小さな白い雲。ほかの雲たちに置き去りにされて、帰り道が分からないように揺れる、小さな鳥の形をした、純白の ―― 。
 それを見ていた少女は哀しげに、隣りに立っていた青年に声をかけた。
「ねえ、お兄さん。あの小鳥の雲を、お家に帰してあげてよ」
 青年は優しく微笑むと、少女の小さな身体をひょいと抱き上げた。
「お家がなかったら、どうする?」
「そしたら、セフィが一緒に居てあげる」
 少女はひっしと青年の服を掴み、そう応えた。独りぼっちの淋しさは自分がよく知っている。まるで、そう言っているようだった。
「そうだね。独りぼっちじゃ哀しいもんね」
「うん……」
 青年は黒真珠のような瞳を細めると、少女を再び地に下ろす。
 そして悪戯な笑顔を見せて少女にちょっと待っておいでと呟くと、背の真中で結んでいた髪紐をふわりとほどき、天に向かって手を差し伸べた。
 青年の流れるような黒髪が風に舞った。それが、まるで漆黒の翼のようだと、少女はそう思った。
「ほら、セフィ。あの小鳥だよ」
「え?」
 驚いて、少女は青年の手のなかをじっと見た。そこには、真っ白な小鳥がちょこんと首をかしげるように座っていた。
 慌てて蒼い空を見る。そこにはもう、あの白い雲はなくなっていた。
「すごいっ、お兄さん」
 嬉しそうに手を叩き、少女は青年の足許にぴょんと抱きついた。
「この子にお家はないみたいだ。セフィ、連れて行ってあげるかい?」
「もちろん」
 少女はそっと手を出して、青年から真っ白な小鳥を受け取った。そして、優しく手のひらに包み込む。
「かわいいね」
 少女はすみれ色の大きな瞳をにこりと笑わせ、黒髪の青年にそう言った。
 青年は、ただただ、微笑んでいた ―― 。
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