降り頻る月たちの天空に-------第1章 <2>-------
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 セスは大通りに出ると、自動運転機能が搭載された無人タクシーに乗り込んだ。停電は三十分程前に全てが回復し、都市機能は再び動き出していた。
 異常なのは、昼ちかいにも関わらず燦然と輝く星空だけである。
 しかし停電が直ってしまえば、たいして不自由なことはない。
 夜の暗さなど、眩い街の明かりが戻ってくれば、人々にとってはどうでもいいような気さえした。科学派が民衆に高い支持を受けるのは、そのような生活との密着性が理由だった。
「魔術研究所まで」
 そう言いながら、セスは座席の脇に設置されているカードスロットルに素早くカードを差し込み、横のスクリーンに手のひらを乗せた。
 カードと本人の真偽を確認したコンピューターが行き先を設定し、ゆっくりと車は動き出す。あとは到着を待つだけだった。
「そうだ、ニュース」
 しばらくたって、セスは思い出したように手元のキーを操作して、脇のスクリーンに映像を呼び出した。魔術派の放送に合わせると、魔術研究所の制服を着た若い女の姿が映し出される。
 ニュースでは異常の告知が遅れたことの詫びが初めにあり、その後、今なお『夜空』である理由についてゆっくりと語られた。
「日蝕?」
 あまり聞き慣れない言葉にセスは首をかしげた。
 魔術派の丁寧な図解説明に、それがどんな現象かは分かる。だが、セスはどうも釈然としなかった。
 何がどうとは言えないが、どこか嘘臭い、そう思えて仕方がないのだ。
 一夜のうちに自分がひどく疑い深くなったような気がして、セスは苦笑した。
「まあ、彼に会えばスッキリするかな」
 自分自身を納得させるように呟くと、セスは一人の青年の顔を思い浮かべた。
 魔術派の象徴と言われるティアレイル=ミューア大導士。彼ならば、誠実な答えが返ってくるに違いない。そう思った。
 魔術派自体に不信感を持ったが、その感情はティアレイルには及んでいない。
 セスは先日ティアレイルと話す機会を得て、その穏やかで誠実な人柄に触れ、よりいっそうの敬愛を抱いていたからだ。そしてまた、それほどまでにティアレイルの『象徴』ぶりは世間に浸透しているともいえた。
「俺のこと、覚えていてくれればいいけどなぁ」
 こんな非常時ではあったが、アカデミーに行けば必ず彼は会ってくれるだろう。そんな予感はあった。だからセスは、既にティアレイルに会ったあとのことだけを考えた。
 四十分程経つと車は郊外を抜け、広々とした空間が視界いっぱい開かれる。そこから数分の距離に、魔術派のシンボルである『風と天空』をモチーフにしたオブジェがあり、その前で車は止まった。
 この先は魔術研究所の敷地内で、車の侵入は禁じられている。
 セスは車から降りると、柔らかなランプの灯で照らされた、どこか重厚な博物館めいた建物が並んでいる研究所を眺めやった。
 魔術研究所の敷地内を照らす外灯は電気ではない。光珠と呼ばれる玉が設えられたランプが、暖かな灯を地上に投げかけている。静かで、しかしとても優しい空間だと、セスは思った。
「さて、目的地は……っと。こっちだな」
 くるりと周囲を見回してから、進むべき道を見定める。あまりに広い敷地なので、迷いでもしたら目的地に着くのにかなりの時間がかかってしまう。
 それを避けるために最短コースを瞬時に頭の中で構築し、ゆっくり歩き出した。
 導士たちの個人研究室のある中央聖塔と南塔を除けば、研究所は自然公園のごとく常に開放されているので、誰に見咎められることもなかった。
 天気の良い休日ともなれば、仲の良い親子連れやペットを連れた飼い主たちの姿が、あちこちで多く見かけられたし、セスものんびりしたいときなど、ふらりと訪れることがあった。
 けれど、今はさすがに一般の人間の姿は見当たらない。2人ほどアカデミーの所員らしき人間とすれ違ったが、それ以外はほとんど人の気配はなかった。
 人気のない路をずっと奥に進んでいくと、仄暗い前方の林から、ふうわりと穏やかな水の匂りが漂って来るような気がして、セスは立ち止まった。
 その先が、彼の目的地である『湖上の大鐘楼』と呼ばれる場所だった。
 碧々と茂った木々にひっそり隠れるように、どこまでも澄みわたった水を湛えた湖がある。その湖のちょうど中央あたりには白亜に煌く大鐘楼が、しんと佇んでいた。
 大鐘楼という名が付いてはいるが、その楼閣に設えられた鐘の音を聴いた者はいない。静寂の鐘。音無の鐘。この鐘楼を建てた者がどういう意図でそうしたのかは、今となっては知れないが、それは初めから鳴らない鐘だったのだという。
 静かに、ただ湖にその影を落としているだけの大鐘楼は、しかし人々の目には侵しがたい神秘をまとう美しさとして映り、数百年の間そこに在り続けていた。
「いればいいんだけどな」
 星影を浮かべた湖面の夢幻的な美しさに感嘆の吐息をはきだしてから、そんな場合ではなかったことを思いだし、人を探すように視線をあそばせる。
 ここにティアレイルがいなければ、受付に行って呼びだしてもらうことになるが、それはなるべく避けたかった。
 水辺にはいくつかベンチがあり、そこで魔術研究所の所員が数人集まって雑談をしているのが見えた。けれどその中にはいない。セスはゆっくりと視線をめぐらせ、反対側の湖岸に目を向けた。
 そこに、一人で休息をとっているらしい青年の姿を見つけ、ほっと笑む。
 この位置からだと後ろ姿しか見えないが、闇にもあざやかな月光に似た蒼銀の髪が、その人物であることを教えてくれているようなものだった。
 セスはコートのポケットから眼鏡を取り出すと、ひょいっとそれをかける。
 視力はあまり良くはない。けれど、眼鏡無しでも人の顔の判別くらいは出来る。ただ、素顔でいるよりも眼鏡をかけた方が断然知的に見えると周囲に言われるので、セスは人と会う時……特にアカデミー関係の人間と会う時には、必ず眼鏡をかけるようにしていた。
「ティアレイル大導士」
 セスはゆっくりベンチに近付くと、背後からその名を呼んだ。
「…………」
 しかし、いくら待ってもいっこうに返事はない。
「大導士?」
 もう一度呼び掛けながら、セスは非礼を承知で大導士の前に回り込んだ。
 眠っているのか、ティアレイルは静かに瞳を閉じていた。周囲の幻想的な景色に溶け込むようなその姿は、穏やかな一幅の絵のようだ。
 セスはその雰囲気を壊すのを憚るように、近くの楡の根元に静かに腰を下ろした。ティアレイルが起きるのを待つつもりだった。
「……誰?」
 不意に、穏やかな風にも似た声がセスの鼓膜をたたく。彼は急いで立ち上がると、癖のある紅茶色の髪を宙に舞わせ、ぺこりと頭を下げた。
「あ、セス=バレットです。この間は、いろいろなお話をありがとうございました」
 魔術派や科学派関係のコラムを多く手掛けているセスは、つい先日、魔術専門誌『サージュ』の企画でティアレイルと対談したばかりだったのである。
 ティアレイルがこの湖上の大鐘楼が好きで、よく来ているということも、その時に聞いたことだった。
「ああ、コラムニストの」
 紅茶色の髪と同色の瞳が印象的な、人好きのする顔を見て思い出したのか、ティアレイルは笑顔になった。
 しかし、その笑顔は少し疲れているようにも見えた。
 天変地異と騒がれている今、大導士ともなれば忙しいに違いない。その彼の僅かな休息を邪魔してしまったと、セスは後悔した。
「眠っていたわけじゃないから気にしないでいいですよ。少し、考え事をしていたんです。……それより、私に何か用があるんじゃないですか?」
 すまなそうな表情になりかけたセスに、ティアレイルはふうわりと笑う。
 そうして普通にしているティアレイルは、科学派に対する時の険が目立つ彼とはまるで違い、人当たりの好い青年だった。
 彼の、端整だが柔らかな感じのする容貌が、更にその印象を増幅させる。彼自身が秘める強大な魔力もさることながら、この、人の心をつつみこんでくるような柔らかな笑顔に安心し、魅了される者も多い。そして、人々は彼を『象徴』と崇めるのだ。
 そんな穏やかな表情に安心したのか、セスは単刀直入に来訪の理由を告げた。
「ええ。実はこの夜空が明けないわけが知りたくて来たんですよ。来る途中に日蝕だと発表されていたのですが、どうもよく理解できなくて。それでティアレイル大導士にお聞きしようと思ったんです」
「……日蝕」
 翡翠の瞳が微妙に揺れた。
 ロナが日蝕と発表したということは、ティアレイルも所内通達で知っていた。
 まさかそんな大昔の現象を引っ張り出してくるとは思わなかったが、それで議会の人間達を納得させてしまうあたり、総帥はやはり食わせものだと思う。
 その嘘の上手さが、どうしてもロナを好きになることが出来ない理由の一つでもあるのだが……。
「セス=バレットさん、この夜がいつまで続くのか、そして朝がいつ訪れるのか、私には答えることができない。ただ一つ言えるのは、ロナの発表など信じるに値しないということだけかな」
 そう言ってベンチから立ち上がると、ティアレイルは蒼銀の髪をかきあげるように、ふっとセスに視線を向けた。
 セスは、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
 総帥であるロナよりも、象徴と呼ばれるティアレイルの方がその魔力は強いと言われ、人気も信用も彼のほうが高い。
 その彼自身の口から総帥非難の言葉が出たとなれば、魔術派全体を揺るがす大きな波紋ともなりかねない。
 それをこうも簡単に口にするティアレイルが、セスは危険だと思った。
 以前から知識人の間で囁かれている噂がある。この大導士は前総帥を慕っていたため、それを追い出した形で総帥職についたロナには、あまり好感情を抱いていないという ――。
 それを証明されたような気がして、セスは緊張で鼓動が跳ね上がった。
 本気と取ってもいいのか、それとも聞かなかったことにするべきなのか……。判断に迷っていた。
「冗談だよ」
 何事もなかったかのように、ティアレイルはくすりと笑った。その目には普段よりも幾分子供っぽい笑みが浮かんでいる。
「貴方があまりに真剣な表情で……それなのにそんな格好をしているものだから、ついからかってみたくなったんだ」
「……え?」
 きょとんと、自分の格好を眺めやる。次の瞬間、セスは耳まで真っ赤になった。
 マンションを出た時、そう言えば自分は起き抜けで、寝着の上にコートを引っ掛けているにすぎなかったのだ。
 ファーヴィラと話したことで、すっかり着替えた気になっていたが ―― 。
 せっかく知的さをアピールしていたというのに、コートの中身はヒヨコが飛んでいるのである。インテリ然とした印象も、これでは台無しだった。
 これがせめて普通の寝着だったら……と切実な、しかし途方もなく論点のずれたことを考えながら、セスは照れたように頭を掻いた。
「いやあ、その……申し訳ない」
「別に謝ることはないですよ。もっと早く教えてあげるべきだったのに、黙っていたのは私ですから」
 ティアレイルは穏やかな笑顔を見せながら、そう応えた。
 十歳近く年上なはずのセスの率直な感情表現は、羨望にも似た好感をティアレイルに抱かせる。自分をそんな気分にさせるのは、アスカは以外には珍しいことだった。
「 ―― !」
 ふと、ティアレイルは何かに気付いたように天空を振り仰いだ。
 痛覚を伴う不快な感覚が、何かが起こる前兆として彼の表情を軽くしかめさせる。
「……それ以上進むと爆発する。引き返せ」
 心の中でティアレイルは警告を発した。細められた翡翠の瞳には、ここにはないはずの光景。シャトルを操縦するショーレンの姿がはっきりと映し出されていた。
「私の声が、あいつに聞こえるはずも無いか」
 一向に止まろうとしないシャトルに、ティアレイルは軽く唇を噛んだ。
 科学派の人間は好きではないが、だからと言って予知してしまった事実を見過ごすことはティアレイルには出来なかった。
 それに……何と言おうがショーレンはアスカの友人なのである。それを死なせるわけにはいかなかった。
 ティアレイルは精神を落ち着かせるように軽く瞳を閉じると、形の良い唇に微かなことばを刻む。
 それに呼応するように、僅かに癖のある蒼銀の髪が澄んだ光を帯びたように見えた。
 それは、あたかも闇の中に光星が誕生するかのような夢幻的な光景。呼吸をするのも忘れたように、セスはその光景に心を奪われていた。
 科学同様に魔術にも慣れ親しんでいるセスには、大導士が術を行使しているのだということはすぐに分かった。
 しかし、いくら魔術に慣れてるとはいえ、ここまで圧倒的な魔力を目の当たりにしたのは初めてで、眼前で展開される夢幻的な光景を、熱に浮かされた子供のように、ただただ見つめるだけで精一杯だった。
 ゆるやかな風とともに、凛とした輝きをおびた光がティアレイルを中心に波紋のように広がっていく。
 その光の波紋が湖全体を照らすほどに広がるかと思われた直後、ティアレイルの瞳がハッと見開かれた。
「馬鹿なっっ!?」
 驚愕した翡翠の瞳は、すぐに研ぎ澄まされた宝剣のような怜悧な鋭さを帯び、遥か天空の彼方を凍て付かせるように閃いた。
 ぱしんっと鋭い裂音が響き渡り、ティアレイルを取り巻いていた風が眩い閃光を放って弾け散る。
 その強い衝撃に、ティアレイルは一瞬気が遠くなった。ぐらりと、自分の身体が傾くのがわかったが、それを持ち直す気力は残っていなかった。
「大導士!?」
 慌てたように、セスはティアレイルを抱き留める。その力強い感覚にうっすらと目を開き、ティアレイルは自分を心配そうに覗き込む男を見た。
 その視界の端に、先程まで周囲で雑談をしていた所員達が異変に気が付いて駆け寄ってくる姿も見えた。
「……ああ、ありがとう」
 ティアレイルは夢から醒めたように言うと、ゆっくりと自分の力で立つよう精神力のすべてを動員する。それが成功すると、ティアレイルは安心させるように穏やかな笑みを浮かべた。
「何があったんです?」
 まさか自分へのサービスで術を見せてくれたなどと思うわけもなく、さらに顔色のあまり良くない大導士に、セスは当然のようにそう尋ねた。
 ティアレイルは額にふりかかる前髪を両手でかきあげながら、さりげなく額ににじむ汗をぬぐった。
「少し、事故があったんだ。でももう大丈夫」
 周りに集まった同僚達にも聞かせるように、明瞭な声でティアレイルは言った。その目元には、ゆるやかな笑みが浮かんでいる。
「…………」
 セスはほうっと息をついた。
 先程の状況を考えてみれば、何もなかったわけがない。
 けれど、セスは何故かそれ以上聞いてはいけないような気がして、口をつぐんだ
 例え最悪の状況が目の前にあったとしても、ティアレイルの穏やかな笑みと、大丈夫という言葉があれば、ほとんどの民衆は絶対の信頼と安心を寄せるだろう。
 それこそが、彼の『象徴』としての存在意義だと言える。
 その笑顔が『作り物』であるなどと、誰が思うであろうか。そんなことを微塵も感じさせないほど精巧に、そして穏やかに、彼は笑顔をつくる。
 このポーカーフェイスを見破ることが出来るのは、ごく限られた人間だけだった。
「さてと、そろそろ失礼させてもらおうかな。明日の『聖雨』の打ち合わせもありますから。今頃セファレットがヤキモキしてる」
 ティアレイルはいたずらな少年のように翡翠の瞳を細めると、セスを、そして自分たちに話し掛けるのを躊躇しているふうの所員達を見やる。
 そのゆるやかな微笑をたたえた目を見て、集まってきていた所員達はほっとしたように互いに頷きあうと、雑談を再開するために、もと居た場所に戻っていった。
「今月は大導士が当番なんですか? それならさぞ植物たちも喜ぶでしょうね。まあ、聖雨の間は人間様が外出規制にあうのは不便ですけど」
 セスは茶化すように軽く舌を出した。
 普段、勝手に天からこぼれおちてくる雨とは違い、月に一度、魔術派が降らせる『聖雨』と呼ばれる雨がある。それは『植物保護と成長促進』の恵みの雨というのが一般的に理解されていることだった。
 しかし、それは聖雨の性質の一部を表しているに過ぎない。
 聖雨の本来の性質は、汚染された全てのもの……自然だけでなくあらゆる生物にも及ぶそれを、正常な常態に戻してくれる『浄化の雨』だった。
 この惑星に住むすべての生命は、自分でも気付かぬうちに、その生命の中に歪みを生じるのだという。その歪みが蓄積されていけば、自然も、人も、動物も。あらゆる生命が失われるのだと……。
 浄化の雨をなくして、このレミュールに生物が存在するのは不可能だとされていた。
 しかしこれは、一部の人間しか知らないことだった。
 真実は、科学派の『人工太陽』同様に両アカデミーの『最高機密』として扱われ、一般の人々には公表されていなかったのである。
 すべては数百年前に起きたという事件に端を発するのだが、その事件を知るのは<古月之伝承>を受け継いでいるロナとルナの二人だけだった。
「降らせるのは深夜だよ。それとも、セスさんは深夜が活動時間かな?」
 ティアレイルはクスクスと笑いながら、セスの紅茶色の瞳を覗き込む。
「まあそんなとこです。深夜はいろいろとやることが……っと、また時間をとらせてしまうところだった。じゃあ俺はこれで失礼します。お忙しいのに、長い間すいませんでした」
 セスは軽く頭を下げ、ティアレイルに別れを告げる。
 結局、日蝕についての真面目な返答を得ることは出来なかったが、大導士の仕事を邪魔するわけにはいかなかった。
「……日蝕。少し図書館で調べてみると良いよ」
 ふと、ティアレイルの柔らかな声音が聞こえ、セスは振り返る。
 ティアレイルは意味ありげな微笑をセスに向けていた。
「……え?」
 余りに唐突な言葉に、セスはその真意を測りかねたように、思わず聞き返す。けれどもそれには応えようとはせず、ティアレイルは白い上着を翻すと、研究棟に向かって歩き出した。
 去って行くティアレイルをしばらく見送ったあと、セスは夜空を仰ぎ見た。
 いつも三つの月を見慣れている彼らにとっては、月が二つしか見えない『夜空』は、何とも不思議な光景だった。
「日蝕じゃないんだろうなっていうのは分かったけど、余計に謎が増えちゃったな。ティアレイル大導士も、どこまで本気なのかさっぱり掴めんしなあ」
 紅茶色の髪を無造作にかきまぜながら、セスは参ったというように溜息をつく。
 前回の対談で会った時とはどこか違うティアレイルの雰囲気に、少し戸惑っていた。
 誠実そうな好青年という印象に変わりはなかったが、その中に垣間見た、抜身の刀剣を懐に抱いているかのような危うさが、その困惑の原因だった。
「象徴も人間だってことか。考えて見れば、俺より十歳も若いんだもんなあ」
 気持ちの整理をつけるようにそう呟くと、セスは軽く溜息をつく。
「あとは自分で調べるしかないかな」
 うーんっと、大きな伸びをしてから、セスは先程来た道を、ゆっくりと帰っていった。




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