※ 5万HIT感謝&クリスマス企画アンケート1位コンビ/ティア&アスカ(本編より2年くらい前)



『クリスマスの饗宴』


 赤や緑。金色白銀。彩りきらめく華やかな衣装にころもがえした街中を、人々は今年最後の宴とばかりに賑わいさざめくように流れてゆく。
 そんな、いつもよりもどこか楽しげな空気につつまれた雑踏をのんびりと窓外に眺めながら、アスカは口に持っていこうとしていたコーヒーカップをふと止めた。
 どこへ行っても絶えることなく聴こえてくるジングルベルのメロディに、知らず一緒になって口ずさんでいた自分に気が付いて可笑しくなる。
 この日が、かつて宗教的な意味合いを持った日だったと知るレミュールの人間は、数えるほどしか居ないだろう。宗教という概念が人々の心から消え去って、既に何世紀もの年月が経っている。
 いくつかの宗教的な行事は深い意味づけもなく、ただ人々の"楽しみ"として形だけは残ってはいたけれども。真に人々が信ずるものは創世主カイルシアと。世界を支えている二つのアカデミーだけだった。
「聖夜……か」
 クリスマスは年末のせわしさをひとときだけ忘れられる魔法のような日だと、嬉しそうに笑って言ったのはハシモトだったろうか。その無邪気な仔犬のような表情を思い出しながら、アスカはひょいと肩をすくめた。
「まあそれも、あながち嘘じゃないかもしれないな。こんなふうに、大の男がうきうきとジングルベルを口ずさむんだから」
 どこか楽しげに呟くと、こくんと一口コーヒ−を飲む。そうしてアスカは再び街中を行く人々へと視線を向けた。
 誰かを探しているのか。それとも単に景色を眺めているだけなのか。
 寒さを避けるように暖かいコーヒーを求める客で混雑しはじめたコーヒーショップの窓際の席にひとり座ったまま、アスカはしばらくの間ぼんやりとそうしていた。
 一瞬ちらと店内の時計を見やり、もう一度外に目を向ける。その晴れた夜空のような紺碧の瞳が、雑踏の中に見慣れた蒼銀の髪を見つけて楽しそうに笑んだ。
「悪いな、急に呼び出して」
 ゆうるりとコーヒーショップのドアを入ってこちらに向かってくる待ち人を、アスカは軽くひょいと手を上げて出迎えた。
「……別にいいけど。私がすぐに家に帰らないで、メッセージが届くのがもっと後になっていたらどうするつもりだったのさ?」
 黒に近い深緑のダッフルコートを脱ぎながら、ティアレイルは不思議そうに、そして呆れたように幼なじみを見やった。
 昼過ぎから買い物に出掛けていたティアレイルが、自宅として使っているホテルに帰って来ると、フロントにアスカからのメッセージが届いていたのである。このコーヒーショップで十六時まで待っている、と。今は十六時ぎりぎり五分前だった。
 いつもならそんな面倒で不確かなことはせずに直接連絡をしてくるし、ましてや部屋に来る時だってフロントなんか通したこともないアスカである。それが、いったいどういう風の吹き回しなのか。
「一種の賭けだったんだよ。フロントにメッセージを託して、おまえが時間までに来たら俺の勝ち。来なかったらおまえの勝ちってな」
 何をたくらんでいるのか、アスカはにやりと笑った。
「まあ、とは言っても俺の勝ちを確信していた賭けだけどな。すぐに帰ってくるってことは分かってたし。人込みが得意じゃないおまえが、今日みたいに混雑した街中でずっと買い物をしていられるわけがないからな」
 当然だと言わんばかりに声を上げて笑うと、アスカは幼なじみの翡翠色の瞳を可笑しそうに覗き込む。ティアレイルは、小さく息をついた。
「アスカには、かなわないよ」
 何もかもお見通しなのだ。子供の頃から十数年ものあいだ、伊達にずっと一緒に過ごしてきた訳じゃないということなのだろう。
 実際にあまりの人の多さに辟易して、買い物もそこそこにすぐ部屋に戻ってきたティアレイルには、アスカのその言葉には反論も出来なかった。
「それよりも、何でそんな賭けをする必要があるのさ」
 まだ訳が分からないという表情で、ティアレイルは隣の椅子の背もたれにコートを引っ掛けながら、すとんと腰をおろした。
 アスカはさらに可笑しそうに口元を広げると、ひょいっと脇から何か大きな紙袋を取り出してテーブルの上に置いた。
「……サンタクロース?」
 紙袋から見え隠れする赤い布きれと白いもこもことした"物体"に、ティアレイルは目を丸くした。あれはこの時節柄、どう考えてもサンタの衣装にしか思えない。
「正解。サンタクロースだよ。ちょっと昨日、厄介ごとに巻き込まれちゃってな。これを着る羽目になったんだ」
 にんまりと、アスカは意味ありげに笑っている。ティアレイルはその幼なじみの表情に何かひどく嫌な予感がして、思わず椅子から腰を浮かせた。
「……まさか私にそれを着ろと言うんじゃないだろうな。そもそも、私は"賭け"に同意した覚えもないのだけど」
 いつもは温厚な笑みを浮かべたティアレイルの端正な口元が、僅かに引きつったように見える。
 アスカは心底可笑しそうに目を細めると、紙袋からサンタクロースの帽子を取り出してティアレイルに差し出した。
「そういうなって。何もおまえ一人で着させようというわけじゃない。俺も着るんだよ。いや、さすがに一人じゃ照れるだろ。ここは、おまえを巻き込もうと思ってな。いちおう、おまえの運を賭けに任せてみたってわけだ」
「掛けに任せたって、そんな勝手に……」
「まあいいじゃないか。変なことじゃないんだからさ。子供に夢を与えることが出来るだろうし、シャーリー先生の役にも立てる」
 なおも逃げようとする幼なじみに、アスカはくすくすと笑いながら説得を試みる。
「え……シャーリー先生?」
 ティアレイルは思いもかけないその名前に、きょとんと目をまるくした。半分逃げかけていた身体をもう一度深く椅子に腰掛けて、まじまじとアスカを見やる。
「それって……ガーデンの?」
「ああ。シャーリー=マイファ先生だよ。懐かしいだろ。あのひと、今はガーデンの園長をしているらしいぞ」
 アスカは可笑しそうに頷いた。
 シャーリー=マイファは、ティアレイルやアスカが子供の頃に通っていた『フラワーガーデン』と呼ばれる託児施設の保育士だった女性の名前だ。
 フラワーガーデンは、両親が共に働いている五歳から十二歳までの子供を預かる私立の施設で、小学校や幼稚園の終業後に通ってくる年齢もまちまちの子供たちが一緒に遊びながら、親の帰りを待つ。
 ティアレイルがアスカと出逢ったのも、実はこの『ガーデン』が最初だった。
「そうか。本当に懐かし……あっ! もしかして、その衣装を着てガーデンに行くということか、アスカ? あそこの子供たちにプレゼントを配りに」
 子供の頃サンタクロースがガーデンにやって来て、たくさんの贈り物をくれたという記憶がティアレイルにはあった。それはとても楽しい思い出で……。翡翠の双眸が迷うように、サンタの衣装をちらりと見やった。
 せっかくのクリスマスに、仕事が忙しい親の帰りをガーデンで待っている子供には、あれは寂しさを紛らわせるのに役立っていたと思う。自分はアスカと一緒に遊ぶことが楽しくて、あまり寂しい思いをしたことはなかったけれど ―― 。
「そういうこと。本当はショーレンの後輩でウィードって奴のバイトだったらしいんだけど、昨日自分の家で予行演習してたときにハリキリすぎて屋根から落ちて足を骨折したんだと。ショーレンはずっと以前から今日は妹と約束してたらしくってな。何の用事もなかった俺が代わりに行くことになったんだよ」
 ショーレンが後輩のために代役を探しているときに、自分が科技研に行ってしまったのが運の尽きだったと、おどけるようにアスカは笑った。
「でもまあ場所が場所だったし、良いかと思ってさ。どうだ、ティア?」
「……そういうことなら手伝うよ」
 諦めたように苦笑して、ティアレイルは先ほどから自分に差し出されていたサンタクロースの帽子を受け取った。


「ほんとうに久しぶりねぇ。二人とも立派になっちゃって」
 にっこりと、ふくよかな笑みを浮かべ、シャーリーは嬉しそうに二人を見つめた。
「貴方たち二人が魔術アカデミーに入ったという噂は聞いていたのよ。だから遠い存在になってしまったなあと思っていたのだけれども、まさかこうして会いに来てくれるなんてね。ここを忘れずに居てくれて嬉しいわ」
 アカデミーの所員といえば、レミュールに住む者にとっては特別な存在である。だから"導士"と敬称をつけて呼んだ方が良いかとも思ったけれど、「以前どおりに」という二人の言葉に、シャーリーは笑顔でそう言った。
「忘れたりはしませんよ。私にとってここは、楽しい思い出がたくさん詰まった場所ですから。子供ころの宝箱みたいなものです」
 穏やかに笑んで、ティアレイルは懐かしげに目を細める。こうしてここに立っていると、子供の頃の思い出が、ほんわりと暖かく胸の中によみがえるような気がした。
「ティアにとっては、シャーリー先生は初恋の人だもんな。忘れるわけないって」
「ア、アスカ!!」
 いきなりの暴露に、ティアレイルは慌てて幼なじみの口をふさごうとする。その顔が珍しく紅潮しているのを見て、アスカはくすくすと笑った。
「だって、ほんとだろ?」
「ふふ。それは光栄だわねえ。でも、じゃあ久しぶりに会ってみたら、こんなおばちゃんになっててガッカリだったかしらね」
 にこにこと笑いながら、シャーリーはティアレイルを見る。とんでもないと、ティアレイルは顔を真っ赤にしたまま、ふるふると頭を振った。
 確かに、自分がここに通っていた当時は"優しいお姉さん"だった彼女も、十数年経った今は歳を重ね老いた印象はある。けれども、やんわりと包み込んでくれる母のようで、けっしてガッカリするなんてことはない。
 シャーリーは必死でフォローを入れようとするティアレイルに、くすりと笑った。そうして小さな子供をなだめるように、既に自分よりも随分と背の高くなってしまった青年の蒼銀の頭髪をぽんぽんと軽く叩いた。
「ティアレイルくんも、変わらないわねえ」
 嬉しそうにそう言うと、今度は隣に立つアスカに悪戯な眼差しを向ける。
「そういうアスカくんの初恋の相手。先生知ってるんだけど、ティアレイルくんに教えても良いかしら?」
 ティアレイルの初恋を暴露したアスカに、シャーリーはくすりと笑う。当時七歳だったアスカ少年が、ガーデンに入って来たばかりの女の子に一目ぼれをして、「あの子は自分が守るんだ」と自分に宣言した姿を思い出して、微笑ましくも可笑しくなった。
「……げっ!? マジですか? なんで覚えてるんですか。忘れてくださいよ、先生。あれは俺の一生の不覚なんだから」
 恩師のその言葉にアスカは思わず息を吸い損ねて、思いっきり咳き込んだ。小憎らしいほどいつも余裕綽々の表情が、かなり崩れている。
 アスカのその慌てぶりに、ティアレイルはきょとんと目をまるくした。初恋の相手は、そんなに恥ずかしい相手なのだろうか?
「私が知っている女の子か?」
「い、いや。おまえがガーデンに来る前のことだよ、うん。知らない奴。……勘弁してくださいよ先生」
「ふふふ。許してあげても良いかしら、ティアレイルくん?」
 シャーリーは可笑しそうに二人を交互に見やった。
「え? ああ、良いですよ。初恋の相手が誰なのかは気になるけれど、アスカの慌てる顔が見られたから」
 これ以上問い詰めるのが可哀相になるくらいの狼狽ぶりだったのだ。そんなアスカは滅多に見られるものじゃない。それで自分の初恋を暴露されたのと"おあいこ"ということにしても良い。ティアレイルはくすりと笑った。
「ふう。俺のあんな勘違い初恋なんて、口が裂けても言えねーよ」
 アスカは小さく呟くと、ほっとしたように大きく息をついた。
 そのアスカの呟きをちょうどかき消すように、部屋にレトロな時計の鐘音が七回鳴り響いた。壁に掛けられた時計を見やり、シャーリーはにこりと目を細める。
 時計の針は19時をさしていた。
「もうこんな時間ね。じゃあ、そろそろみんなのところに行ってもらっても良いかしら? パーティーを始める頃だと思うから」
 園長室の窓の正面に位置する広間に目を向けて、そうしてゆっくりと、かつての教え子に視線を戻す。
「お願いね、サンタさん」
 シャーリーは優しく微笑んだ。


「うわぁ。おいしそうだねぇ」
 花やキャンドルでにぎやかに飾り付けられたテーブルにケーキやご馳走が並べられているのを見て、嬉しそうな声が上がった。
 わいわいとはしゃぎながらテーブルを囲むように、幼い子供が二人と、それよりは少し大きな子供が一人。目を輝かせるように自分の席に着く。
 いつもは夜でも十人ほど子供が残っていて、みんなで一緒に晩ご飯を食べるのだけれども、さすがに今日は子供と過ごそうという親が多いのか。早めに迎えが来てほとんどの子供は家に帰っていた。
 今ガーデンに残っているのは五歳の双子の兄妹イースとミーナ。そして十歳の少年ユウの三人だけだった。この子の親たちには最初から「とても遅くなる」と頼まれていたので、職員たちはその分はりきってご馳走を作っていた。
 クリスマスの夜を親と一緒に過ごせないというのは、子供にとってはひどく寂しいことだろうと思うのだ。だから毎年、この日に遅くまで残っている子供たちのために、フラワーガーデンではいろいろなものを用意する。
 それを見込んでガーデンに甘え、クリスマスに遅くまで子供を残す親たちが増えては困るけれど、子供には楽しむ権利もある。
 だからこそ、このささやかなパーティーをやめることはできなかった。
「メリー・クリスマス!」
 滑り台やブランコ。ジャングルジムや砂場。プラスチックの小さなスコップやお椀。たくさんの遊具があちこちに散らばる園庭に、ひときわ明るい声が響いた。
 子供たちは驚いたように、これから食べようと思っていたケーキやチキンから顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回した。
「あっ。あそこだ!」
 園長室の赤いとんがり帽子のような屋根の上から、赤に白い縁取りのされた暖かそうな服を来た二人の人間がすべるように降りてくる。
「サンタクロースだぁ!」
 絵本に出てくるサンタクロースと同じ格好だ。そのことに気が付いて、幼い子供たちが目を輝かせた。
 サンタクロースなんて本当は居ないのだと。既にそう悟っていたユウは、けれども小さな友人たちの夢を壊さないように、一緒になって笑顔を見せている。
 三角屋根を見上げてはしゃぐ子供たちのそんな様子に、ティアレイルは嬉しくなった。ここの雰囲気は、昔とまったく変わらない ―― 。
「けっこう似合うね、あっちゃん」
 少し遅れて屋根から地上に着地したもう一人のサンタクロースに、ティアレイルはくすりと笑った。
 つい数ヶ月ほど前から、この幼なじみを「あっちゃん」という愛称ではなく名前で呼ぶようにしていた。それは、弟のようにではなく自分を対等に見て欲しいと思ったからではあったけれども。何故だかこの場所では昔の呼び名の方が自然であるような、しっくりとするような。そんな気がした。
「これが似合うってのは、喜んでいいのかねえ」
 アスカは苦笑するようにひょいと肩をすくめて見せた。
 かなりアバウトな性格であるにもかかわらず鋭角的な容貌を持ち、下手をすればマッドサイエンティストに見えるとまで言われるアスカである。それが意外にも。サンタクロースの衣装を着て似合ってしまうところが素晴らしい。
 ティアレイルもそれなりに似合っている。お互いにサンタの衣装に気恥ずかしさは抜けなかったけれど、着てしまえばもう、どうということでもなかった。
「まあ、似合わないよりは似合ってる方が良いんじゃないかな」
 にこりと笑んでから、ティアレイルは園庭から子供たちのいる広間へゆうるりと入っていく。その瞬間、はしっと足元に子供が抱きついてきていた。
「すごーい! サンタさんが二人もいるっ!」
 ミーナはティアレイルの足元に抱きついたまま感激したように頬を高潮させ、そのうしろからやってきたもう一人のサンタクロースにまんまるの目を向けた。
「きっとぼくとユウ兄ちゃんにプレゼントをくれる男の子用のサンタさんと、ミーちゃんにプレゼントをくれる女の子用のサンタさんなんだよ」
 イースはにこにこと笑いながら、あいている方の……アスカの足元に抱きついた。
「ちがうよ。きっと新米サンタさんだから、失敗しないように二人で来たんだよお。だって、サンタさんはおじいさんのはずなのに、このサンタさんたち若いもん。ねっ、ユウ兄ちゃん」
 ミーナは三人の中で一番年長 ―― とはいってもまだ十歳だが ―― のユウに意見を求めるよう袖を引いた。大好きなユウ兄ちゃんがどういう意見なのか。ミーナもイースもじっとその応えを待っている。
「……そうだね。きっと新米さんだから、男の子と女の子のプレゼントを間違えないように、二人で来たんだよ」
 ユウは少し考えてから、二人の小さな友人の意見を混ぜ合わせてそう応えた。これならばイースもミーナも喧嘩しないだろう。
「そうそう。君らくらいの子供って男の子も女の子も区別がつきにくいからな。二人がかりで見破ろうかなと思ってね」
 子供たちのやりとりにほのぼの笑いがこみ上げて、アスカは破顔する。幼い子たちの"おにいちゃん"役をちゃんと務めている少年が微笑ましかった。
「ふうん。じゃあ、ちゃんと自己紹介するからプレゼントまちがえないでね、新米サンタさん。私は女の子だよ」
 ミーナは可笑しそうにきゃらきゃらと笑いながら、小さな手のひらを差し出した。
 その小さな手に、二人のサンタクロースは抱えきれないほどのプレゼントを渡す。そのプレゼントのほとんどが、この子供たちの両親が用意したものだった。
 子供と一緒に過ごせないかわりにそれを埋め合わせるようなプレゼントの山。けっして、それだけで子供の心が満たされるわけではないけれど ―― 。
 それでも三人はたくさんのプレゼントを受け取って、はしゃぎながら互いに見せ合うように包みを開きはじめている。
「たまには、こんなボランティアも良いかもな」
 子供たちの様子を楽しそうに眺めながら、アスカはちょっと笑った。
「そうだね。ちょっと最初はサンタの衣装は恥ずかしかったけれど、こうなるとけっこう楽しいな」
 同感だというように笑いながら、ティアレイルはその翡翠の瞳に珍しく悪戯な眼光を浮かべ、アスカを見やる。
「それよりもあっちゃん。本当にあの年頃の子って男女の区別つきにくいよね。私は最初イースくんを女の子だと思っていたくらいだよ」
 先ほどアスカが子供たちに言っていたことを思い出しながら、ティアレイルは笑い含みにそう言った。
 アスカはティアレイルの顔を見やると、可笑しそうに目を細めた。
「あのくらいの年齢だと着るものによっては分かりにくいんだよな。そういうおまえだって、五歳くらいのときは間違えやすかったけどな。俺なんて一週間くらいはおまえのこと女の子だと思っ……」
 懐かしむように言いながら、はっと途中で慌てて言葉を引っ込める。
「ふーーーーん。そうなんだ」
 しかし時すでに遅し。周りの気温が一度下がったような気がして、アスカはおそるおそるティアレイルの顔を見やった。
 ちろりと、怒ったような笑っているような微妙な眼光で自分を見返してくる幼なじみに、アスカは諦めたように天を仰いだ。
「……ったく、ティアの仕掛けたカマにひっかかるなんて、しくじったな」
 園長室から今までの会話の一連から、ティアレイルはあることに気が付いて、カマをかけてきたのだろう。そう悟って、ぼやくように溜息をつく。
「じゃあやっぱり、シャーリー先生が言ってたあれって……」
「へえへえ。お察しのとおりだよ」
 何が、とはハッキリ言わなかったけれど、ティアレイルにはもちろん分かった。
 女の子に間違われたことを怒るべきなのか。それとも彼の勘違いを笑い飛ばすべきなのか。一瞬判断に迷ったけれど、
「まあいいや。昔のことだからね」
 それから十数年来、幼なじみとして続いてきた自分たちの縁のきっかけに、ティアレイルは笑いをかみ殺すように苦笑するしかなかった。
「それにしても、今日は珍しいアスカをたくさん見られたな。これって、私へのクリスマスサービスか?」
 普段のアスカなら、もっと良いように切り返してくるはずだが、それが今日はすべて不発に終わっている。いつもは絶対にかなわないこの幼なじみを、こうもやり込めることが出来るとは、ティアレイルは自分でもびっくりだった。
「まあ、そういうことにしといてくれよ。俺の心理的再建のためにもさ」
 照れを隠すように軽く片目を閉じて、アスカは笑った。その応えも可笑しくて、ティアレイルはこらえきれないように、思い切り吹き出していた。
「やっぱりサンタさんたちって仲良しなのね。仲良く出来るのは良い子だから、クリスマスにはプレゼントをもらえるのよ」
 プレゼントをすべて開け終えて、サンタの二人を興味深そうに眺めていたミーナは、にこりと笑った。
 双子の兄イースと喧嘩をすると「仲良くしない悪い子は、サンタさんからプレゼントもらえないよ」と、いつもそう親に言われていたので、仲良し=良い子という図式が頭の中に出来ていた。
「だからサンタさんには、ミーナからクリスマスプレゼントを上げるね。サンタさんはサンタさんだから、自分には上げられないものね?」
 言うと、くいくいとサンタの服を引っ張って、しゃがむようにとお願いする。
「メリークリスマス♪」
 ミーナは明るく笑ってそう言うと、しゃがんで目線の高さが一緒になった二人のサンタクロースの頬に、心を込めてキスをした。
「とっておきのプレゼントでしょ」
 おませな五歳の少女がくれたプレゼントに、アスカもティアレイルも一瞬顔を見合わせて、くすりと笑う。
「素敵なプレゼントをありがとう、ミーナちゃん」
 そうしてまるで示し合わせたかのように、ミーナの左右の頬に返礼をした。
「えへへ。サンタさんたちもね」
 二人のサンタにキスされて照れたように笑ってから、ミーナは大好きな"ユウ兄ちゃん"のほうへと掛け戻っていった。
「……ん? 見ろよ、ティア。雪が降ってきたぞ」
 アスカは窓の外を見やり、驚いたように紺碧の瞳を見開いた。
 ふわりふわりと。純白の花びらのように、雪が天から舞い落ちてくる。
「本当だ。久しぶりの、ホワイトクリスマスになったね」
 にこりと、ティアレイルは天を仰いだ。
 クリスマスに降る雪は、静かに優しく降り積もるのだという。人の心の寂しさや隙間を、ゆうるりと埋めていく魔法のように ―― 。
「家に帰ったら、一緒にあったかいもんでも食うか。クリスマスらしくシャンパンでも飲みながらな。なんなら、久しぶりにクリスマスケーキなんぞを食ってみるか?」
 アスカはちらりと視線を流し、幼なじみに笑ってみせる。
「うん。そうだね。たまには童心に返るのも良いかもしれないな」
 ティアレイルは楽しそうにはしゃぐ子供たちを見やり、ゆうるりと微笑んだ。
「メリークリスマス。素敵な思い出を ―― 」
 にこりと呟いたその言葉はどこか暖かさを心に残し、雪の空へと消えていった。

 日頃のせわしさを忘れ、楽しくのんびり心に休息。そんなクリスマスの魔法は、まだまだこれから ―― 。



『クリスマスの饗宴』 おわり




5万HIT感謝&クリスマス企画アンケートで1位になったティア&アスカのX’mas短編です。
企画アンケートにご投票くださった皆様、ありがとうございました。

この話は年代的にティアが大導士称号を得る少し前くらいです。一人称を「僕」から「私」に変更し、アスカを呼び捨てにしはじめた頃ですね。だからまだちょっと、本編の二人よりも言動や反応が若いです(笑)
ちなみにアスカの初恋については、まあそういうことなので笑って流してくださいませ(をい)
この話の感想などいただければ幸いです。このところちょっとスランプ状態が続いているので、かなり出来が心配……。


 企画Top 
2003.12.24 up