++ 君のその手に在るものを ++
|
トゥルルル。トゥルルル。トゥルルル…………。 電話のベルが部屋の中に響き渡る。 ちょうど外に出掛けようとしていた青年 ―― 鳴沢真秀は、慌てたように居間の電話を見やった。 「うーん。……間が悪いなぁ」 電話の相手は、自分の仕事のマネジメントをしてくれている"協会"のスタッフのようだった。 ディスプレイに表示される相手の名前に、一瞬、居留守を使ってしまおうかとも考える。けれども自分がここに居ることを知っているかのように、電話のベルはやむことがなかった。 「仕方ないなぁ」 青年は長めの前髪を軽く後ろにかきあげると、履きかけていた靴をきちんと脱いで居間に向かう。そうしてゆっくりと、受話器を取った。 「はい。鳴沢で……」 「おそいっ!」 電話に出しな、鋭い叱咤の声が飛ぶ。真秀は思わず苦笑した。 「すみません。手が離せなかったんですよ」 「どうせ、居留守を使おうとか思ってたんでしょう。まったく、君は協会の斡旋する仕事よりも、お金にならない子供相手の遊びばかり好むんだから困ったものだわ」 電話の向こうで呆れたような女性の声が溜息とともに吐き出される。けれどもそれが、決して否定的な言葉ではないことは、彼女の声にひそむ笑いの響きにあらわれていた。 「お澄まし顔の"紳士淑女"を相手にするよりも、無邪気な子供相手にマジックをやった方が楽しいですからね」 くすくすと、真秀は笑ってそう応える。 「まあいいわ。今日は君の"ヴィジュアル向き"の仕事をやってもらおうと思って電話したの。……君は嫌がるだろうけどね」 「ええ、イヤです」 「まだ何も言ってないじゃない」 「言わなくても分かります。あなたがヴィジュアル向きとか言うときは、たいていマスコミ関係なんだから」 テレビのマジック特集などで、真秀は『希代のクロースアップマジシャン』などというたいそうな通り名を付けられてしまった。まったくもって、迷惑この上ないと真秀は思う。 先日も、子供たち相手にマジックを見せていた時に、自分がその手品師だとばれてしまって大変だったのだから。 「いいじゃない。君は若い割に腕はいいし、ビジュアル的にも一般受けするからテレビ向きなのよ。今日の三時から打ち合わせよ。遅れないように来てね」 しゃあしゃあと女性スタッフは言ってのけると、相手の返事も待たずに電話を切ってしまう。 真秀も協会に所属しているマジシャンである以上は、むげに拒絶出来ないことは分かっていた。ただちょっと抗ってみたかっただけだ。 それにしても ―― 強引な。 ふうと大きな溜息をついて、青年は天井を仰ぐように苦笑した。 「仕方ない。営業モードに入るかな」 今日は子供たちのところには行かれないな。そう思いながら、真秀はきりりと表情を引き締める。子供たちの前に出る時の、チョコレートのように甘い瞳がどこか鋭さを得て取り澄ました物になる。 「さてと。仕方ないから行ってくるよ」 ソファで寝そべる愛猫にそう声をかけてから、真秀はゆったりと部屋を出ていった。 マジシャンの、不本意な一日はこれから ―― 。 『電話』 おわり
|
Copyright(C) Maki Kazahara all rights reserved. |