Misty Night 番外編 ショートショート1



『淡月の夜』



 オリバー、リーラ、アルトの3人は、いつも休みの日に訪れる教会近くの草原の、大きな木の下に集まった。
 幹と地面の間にトンネルのような穴があいた大木が生えているその場所は、3人のお気に入りの遊び場だった。その穴を通り抜けているうちに、どこか違う世界に行かれるような気がして、くぐるたびにワクワクした。
 けれども今日は、くぐり遊びをしに来たわけではない。3人は今夜の打ち合わせをするために、ここに来たのだった。
 今日は、秋の収穫を祝い、そして人に災いをもたらす悪霊や悪魔を追い払うという聖なる祭りの日。町中の子供たちがオバケやら魔物など、いろいろな扮装をして家々をまわり、たくさんのお菓子をもらって歩くのだ。
 祭りの意味などはよく分からなかったけれど、リーラにとってはお菓子をたくさんもらえて、それを食べても母親に怒られないこの日が大好きだった。
「ねえ、リーラは今年は何の格好をするの?」
 3人の中で一番年少のアルトは、細長い木の枝で地面に何やらオバケの絵を描いていたが、ふと思い出したように顔をあげた。
 リーラはちょこんと首をかしげた。
「言ってなかった? 私は魔女よ」
「魔女って、とんがり帽子の?」
 いつも母に読んでもらう絵本にでてくる魔女を思い浮かべ、アルトは目をぱちぱちと瞬かせた。黒い服にとんがり帽子をかぶった魔女。ほうきに乗って空を飛ぶのだ。
「うん。がんばって作ったんだよ」
「ふーん。いいなぁ。僕は今年もオバケだよ」
 ぺろりと舌を出して、アルトは笑った。
 仮装に使う洋服や小物は自分たちで用意しなければいけないというのが、この町での、この祭りの決まりだった。だから、オバケと称してシーツをかぶる子供が多い。
「オリバーは?」
 今までぽけっと空を眺めていたオリバーは、二人の年少の友達に見つめられて、少し照れたように頭を掻いた。
「おれは、ヴァンパイアだよ」
「ヴァンパイア? あの、人の血を吸うっていう?」
 2人は目を丸くして年長の少年を見やる。
「そっ。あの吸血鬼。だって、牙をつけるだけでいいだろ? 簡単だもの」
 にこにこと。オリバーは笑った。みんなと同じオバケになるのは嫌だけど、簡単な仮装がいいと思ったのだ。
「吸血鬼って、見たことないわ。ほんとに牙をつけるだけでいいのかな?」
 今まで読んだ絵本には、ヴァンパイアが出てきた話はなかった。だからその姿を見たことがない。リーラは不思議そうに首をかしげた。
「おれも見たことないけどさ。じっちゃんが言ってた。吸血鬼は狼よりも鋭い牙を持ったおっそろしい化け物なんだって」
 がぁっと脅かすようにオリバーは大きく口を開いて言うので、アルトはひゃっと頭を抱え込んでうつむいた。その幼い瞳が、真剣に怯えている。
「ばっかねぇ。オバケや吸血鬼なんてお話の中の存在よ。もしほんとにいたとしても、神官様にやっつけられちゃうから、私たちの前には出てこれないのよ」
「ほんと、アルトは怖がりだなぁ」
 リーラとオリバーは楽しそうに、怯えてしまった年少のアルトの肩を叩いた。
「ふたりは知らないんだ。隣町のザレードには吸血鬼が住んでるんだよぉ。前に都の神官様が来たけど退治できなかったって、おばあちゃんたちが噂してたもん」
 アルトは少しむきになったように、口を尖らせた。
 アルトの母はザレードの町の出身だった。自分がいたずらをすると、母は必ず「吸血鬼が隣町から、おまえを食べにやってくるよ」と言って怒る。
 真っ暗な物置に閉じ込められた時などは、いつ来るか分からないその恐怖にアルトは心底怯えたものだ。
「ふ〜ん。じゃあ、確かめに行ってみようよ。本当に居るわけないけど、もし居たら十字架でやっつけちゃえば良いんだし」
 にこりとリーラは笑った。怖いもの知らずというのだろうか、子供の好奇心はどんなものにも勝る。
「うん。いいよ。隣町まで行くってことは、その分たくさんお菓子がもらえるしね」
 好奇心旺盛なその瞳を楽しげに閃かせ、オリバーはすっくと立ち上がった。そしてリーラに手を伸ばす。リーラはその手を取って立ち上がると、今度は最年少のアルトの反応を待つように、小さな手のひらを差し出した。
「………………」
 お菓子がたくさんもらえるのは嬉しい。でも、ヴァンパイアは怖い。アルトは困った時のクセで、親指の爪を噛む。
 オリバーはくすりと笑い、幼い友人の頭に軽く手を置いた。
「もし本当にザレードにヴァンパイアが住んでたとしてもさ、おれたちは今日は人間じゃないんだもの。おれは同じヴァンパイアだし、リーラは魔女だ。アルトだってオバケだろう? 大丈夫だよ」
「……そっかぁ。仲間なんだねぇ!」
 わけの分からない説得に、けれどもアルトはしっかりと納得してしまう。
「じゃあ、決まりね!」
 そうして、彼らはザレードの町に行くことになったのだった ―― 。


 夕方前にキルシェの町を出た3人がザレードの町に着いたのは、既にとっぷりと日が暮れてからだった。
 かなりの道のりを歩いたけれど、いつも草原を走り回って遊んでいるだけあって、3人に疲れはない。それどころか、道すがら家々をまわってお菓子をもらったり、途中に出会ったオバケの子供の集団と話したり、楽しく祭りを満喫していた。
「どこの町も、やることは同じなんだなぁ」
 この秋の祭りは各地でやっている行事だったが、もちろん3人が自分たちの住むキルシェの町以外で参加したのは初めてだ。
 けれど、子供達が扮装して家々を回るのも、ジャック・オ・ランタンが多く見られるのも、みんな彼らの町と同じ。違うことといえば、キルシェの町よりも子供達の扮装の種類が豊富なことくらいだろうか。
「キルシェとザレードをかけもちしたから、いつもよりいっぱいだね」
 3人分のお菓子を入れた袋は、もうかなり膨らんでいる。アルトは、オリバーが持ってくれているその袋を見てにっこりと笑った。
「ほんと。当分おやつには困らないね。次はどこの家に行こうかしら?」
 わくわくと、リーラは目を輝かせる。当初のヴァンパイアを探すという目的は、すっかり記憶の彼方に忘れ去っていた。
「あの、大きな家にしようか?」
 リーラとアルトは顔をあげ、オリバーの視線をたどる。
 緩やかな坂道をのぼっていった丘の上に、淡い月明かりに照らされて大きな屋敷が建っているのが見えた。あんなに大きな家ならば、さぞかし沢山のお菓子がもらえるだろう。
 ザレードの子供達がその屋敷を避けるようにしていたことに、町に不慣れなリーラたちは気が付かなかった。
「うん。そうしよー!!」
 言うが早いが、競争でもするかのようにいっせいに走り出す。一番最初に門のまえにたどり着いたのは、かけっこ自慢のリーラだった。
「……勝手に門の中に入っても平気だよね?」
 今までまわってきた家々と違い、しんと静まり返ったその屋敷の雰囲気に怯んだのか、リーラは門に手をかけるのをためらった。
「だいじょうぶだろ? 今日はお祭りだし」
 オリバーはおおらかに笑って、何の気兼ねもなく門を押した。
 ぎぃっと鈍い音をたて、子供達が入れるくらいの隙間が開く。その中にするりと身体を滑り込ませると、オリバーはすたすたと先に入っていった。
「ああっ。まってよぉ」
 アルトとリーラは慌てて追いかけた。
 こんなとき、オリバーはすごいなぁと2人は思うのだ。いつもおおらかな笑顔を絶やさないオリバーは、誰よりも決断力が早いし度胸もある。彼が慌てたり怯えたりした姿など、2人は見たことがなかった。
「ねえ、もしかして……ここって、例の、屋敷……なんじゃ……ないのかなぁ……」
 あまりに静かで人気のない庭を歩きながら、さっきまで忘れていたヴァンパイア屋敷のことを思い出して、アルトは真っ青になった。
 そういえば、誰一人として坂の上にのぼってくる子供達はいなかった。
 それに母はよく、こうも言っていなかっただろうか? あんまり言うことをきかないと、丘の上からヴァンパイアが降りて来るよ ―― と。
 この屋敷は、丘の上に建っていたではないか。
「……だ、大丈夫よ。十字架持ってきたもん」
 アルトの怯えが伝染したのか、リーラは首から下げた大きな十字架のネックレスを魔女の服の下から取り出して、目立つようにかけなおす。
「ぼくも……もってきたけど」
 シーツに2つの目穴を作ってかぶっているアルトも、その下から十字架を出した。
 そんな2人を見て、オリバーは肩をすくめた。
 自分はそんなものは持ってきていなかったし、特に気にもしていなかった。本当にヴァンパイアはいるものなんだろうか? 牙をつけて吸血鬼に扮装してみても、実感がわかないのだ。
「Trick or treat!(お菓子をくれないと、いたずらしちゃうよ)」
 オリバーはドアをノックして、そう言った。
「……返事がないねぇ。もう、帰ろうよぉ」
 リーラにしっかりつかまっていたアルトは、懇願するように年長の友人を見る。
 オリバーは「う〜〜ん」と唸って、軽く首をかしげた。
「Trick or treat!」
 もう一度、言ってみる。
 すると、今まで真っ暗だった玄関に、ぽうっと明かりがともされた。
 そうして、ゆっくりと扉が開かれる。
 開け放たれたドアの向こうには、どこか驚いたような表情で青年が立っていた。その深紅の瞳が、まじまじと来訪者である子供たちを眺めている。
「で、でた〜〜〜!!!」
 アルトはぴょんとオリバーにしがみついた。深紅の瞳。それは人間ではありえない。やっぱり、この家は噂の吸血鬼の屋敷だったのだ!
 リーラも驚いて、胸の十字架を必死に目の前の青年に向かって掲げて見せた。
「……出たって……ドアをノックしたのはそっちだろうに」
 青年は可笑しさを噛み殺したように言う。
「わーーん。ごめんなさいーー」
「オリバぁ、どうしよう??」
 どうすればいいのか分からなくて、二人は十字架をしっかりと掲げたまま頼るべき年長の友を見た。アルトとリーラにとってはこんなにも非常事態だというのに、やっぱりオリバーはおおらかな表情のまま、深紅の瞳の青年を眺めていた。
「アルトもリーラも、よくごらんよ。この人、十字架もってるよ」
 肩の上で不揃いに揺れる漆黒の髪。それに隠れるように十字架のピアスが揺れているのを目敏く見つけて、オリバーは言った。
 その言葉に、2人はそろりと青年の顔を見る。
 確かに、青年は十字架のピアスをつけていた。
「ほんとだぁ」
 闇に棲息する魔の者であるならば、十字架を身につけることなどできるはずがない。町の神官がそう言っていたのを思い出し、2人はほうっと息をついた。
 魔の証であるような深紅の瞳は不思議だったが、この青年はれっきとした人間なのだろう。そう思って安堵した。
「……で、何か用か?」
 安心して力が抜けたのか、玄関先でへなへなと座り込んでしまった子供たちに、青年は穏やかに問う。
 子供たちはちろりと顔を見合わせた。相手が人間であるなら、何も怖がることはない。いたずらっ子の笑みを瞳に宿すと、せーので同じ言葉をそれぞれ発した。
「Trick or treat!」
 あまりに元気のいいその掛け声に、青年の深紅の瞳に笑みがこぼれる。
 しかし、お菓子などを用意しているわけがない。まさか、自分の屋敷にこんな子供たちが訪れるとは思ってもみなかった。
「レーーーーーイーーーーーーーっっ!!!」
 突然、子供たちの背後から大きな声がした。驚いて3人が振り返ると、小さな純白のリスが門の下をくぐって、こちらに走ってくるところだった。
「今日はお祭りだよ。お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞっ!」
 小動物はするりと3人の足許を通り抜け、青年の肩にかけのぼる。
「ばかリュカ」
 頭に紐でツノをつけ、しっかり仮装している小動物に、青年−レイフォード−は呆れたようにがっくりと座り込んだ。
「リスが人間の言葉を話してる……」
 子供たちが茫然と呟くと、リュカはきょとんと目を丸くした。自分の周りに3人の子供がいるのに気が付き、にこにこと笑う。
「あー、先客がいたんだねぇ。でもおれはリスじゃないよ。聖獣のリュカだよっ。間違えないでね」
 自分が聖獣だと自己主張することは忘れなかった。リスに間違えられることを、よほど気にしているのかもしれない。
「すごーい。聖獣って神様の使いなんだよね」
 アルトとリーラは初めて見るその神秘の生き物にそっと手を伸ばし、ふくふくとした毛並みを優しく撫でる。
 それが気持ちよかったのか、リュカは嬉しそうに撫でられるままになった。
「聖獣のお友達がいるってことは、おにーさん良い人なんだね」
 神様の使いと友達になれるほど優しい人なら、たくさんお菓子がもらえるかもしれない。期待のこもった3人の眼差しが、レイフォードに向けられる。
 その誤解をどう解くべきか、レイフォードは一瞬考えたが、すぐにそれを諦めた。そして、仕方なさげに苦笑する。
「悪いけど、お菓子は用意してないんだ。かわりに紅茶くらいなら出してやれるが」
「おれ、ちょうど喉が渇いてたんだぁ」
 青年の提案に、オリバーが乗り気になった。
「うん! 私も少し休みたかったのー」
 やさしげな青年の声と表情にすっかり安心したのか、リーラも笑った。リュカを抱きしめて離さないアルトにも異議があるわけがない。
「おまえたち、この町の者じゃないだろう?」
 無邪気に誘いに乗った子供たちに、レイフォードはくすくすと笑った。
「なんで分かるんですか?」
「この町の人間なら、ここが誰の家か知っているはずだからな」
 にやりと、レイフォードはオリバーに視線を向ける。
 にこにこと、おおらかな笑みを浮かべたままオリバーは首をかしげた。
「誰の家なんですか?」
「ヴァンパイアの家さ」
 深紅の瞳を楽しげに細め、レイフォードはそう言い捨てると、さっさと家の中に入っていく。付いて来るも来ないも彼らの判断に任せるつもりだった。
「やっぱりヴァンパイアだって……」
 子供たちは互いに顔を見合わせた。けれど、その目に恐怖の色はない。
「想像してたのと違うね」
 リーラが言うと、オリバーもアルトも深く頷いた。
「牙なんか、見えなかったなぁ」
 オリバーはぺろりと舌を出す。自分の仮装は間違っていたようだ。今度ヴァンパイアに扮する時は、黒衣に十字架にしようと心に決める。
 それも、ある意味かなり間違った認識ではあるのだが ―― 。
「レイってば子供好きなんだもんなぁ。おれには意地悪ばっかりなのに」
 アルトに抱きしめられたままのリュカは、拗ねたように口を尖らせた。自分には見せたことのないような優しい笑みを子供たちには向けていた。それがずるいと思うのだ。
 3人の子供は不満を吐き出す聖獣を見やり、そしてにっこり笑いあった。
「紅茶、飲みにいこっか」
 きゃらきゃらとはしゃぎながら、さきほど青年が入っていった部屋に向かい、3人と1匹は歩き出す。その部屋の中には4つ。暖かで香しい湯気の立ちのぼる紅茶が、客人の訪れを待っていた ―― 。


 そうして、オリバー、リーラ、アルトの3人は、ヴァンパイアの青年と純白の聖獣と一緒に楽しい祭りの夜を過ごしたのだった。
 ヴァンパイア屋敷へ行ったことは絶対に秘密にすると固く約束をして、夜遅くにレイフォードに送られてキルシェの町に戻った彼らが、それぞれ両親にしこたま叱られたことは、言うまでもない。

.........Misty Night番外編『淡月の夜』 完



Misty Nightの番外編ショートショートです。
あえて話の中では『ハロウィン』という言葉は使いませんでしたが、実は前々から書きたかったハロウィンねたです(笑) 10月中に書けて良かった……(笑)
本筋ではレイフォードとリュカ視点なので、番外編では変えてみようと思い、町の子供たちを主人公にしてみました。……なんだか別物になっちゃいましたね(^_^;)
でも、少しでも楽しんでいただけたらいいな。

+ Topへ戻る +


Copyright(c) Maki Kazahara all rights reserved.